3人掛けの座席。
奥の、車両連結部分側に、成歩堂。
真ん中に、ゴドー。
乗車した途端、汗ばむ程に暖房が効いていたのでコートは脱ぎ、鞄と共に膝の上。
平均以上の体格をしている二人が並べば、自然と隣合う部分は触れ合い。
公共の場所で大っぴらにくっつける事はまずないから、成歩堂はこそばゆい気持ちで左肩の温もりを味わっていた。
が、ゴドーはそんな初々しさを5年寝ている間に忘れてしまったらしい。折り畳んだコートの下にさりげなく両手を突っ込むと―――右手を、越境させた。
「っ!?」
ビク、と身を竦ませた成歩堂が焦った様子で横を、ゴドーを窺い見る。驚きと、非難と、羞じらいを大きな瞳に乗せて。
ゴドーはゴーグルを装着しているし、前を向いたままなので視線での抗議はどうにも役立ちそうになく。成歩堂は同じようにコートの下へ手を潜らせ、実力行使にでた。しかしそれはゴドーの作戦に入力済みだったようで、待ち構えていた左手が易々と一纏めに拘束してしまう。
「・・ァ・・」
となればゴドーの右手は自由なまま悪戯を続行する。布越しに柔らかいソレを包み込み、まず手の平全体で摩ると、成歩堂の身体に漣が走った。とはいえ成歩堂がガチガチに筋肉を強張らせ大きな反応をしないよう努力しているから、外部からは電車の揺れで身体が動いたとしか見えなかった筈。
ゴドーは喉奥でクッと低く笑い―――隣の成歩堂には聞こえたらしく、指が藻掻いて爪をたててくる―――今度は親指と人差し指で輪郭を何回もなぞり始めた。
蜜口を的確に探り当ててトントンと軽く叩き、振動を過敏な内部へ伝播させ。
カリの広がった所から括れにかけては、縦ではなく横へのスライドを加え。
根本まで来ると恥骨の辺りをそっと引っ掻き。
「ゴドー、さん・・っ」
馴染みのありすぎる疼きがじわじわと沸き出し、成歩堂は懸命に声を潜めてゴドーを呼んだ。その名前に、制止の意を被せて。
「どうしたィ?まるほどう」
倣って音調を抑えたゴドーは当然白ばくれた答えを返し、その下では明らかに張り詰めてきている先端に5指全ての爪をぎゅっと押し付けた。
「っく!」
突き立てる、という程圧迫は酷くないものの、神経が目覚め始めたタイミングでの刺激は悪辣そのもので。ドクリ、と欲望に芯が入ってしまった。
成歩堂の顔や耳や首筋が、赤くなっていく。衆人環視で破廉恥な振る舞いをするゴドーへの憤りもあるが、大半はこんな場所にも関わらず早々に感じてしまう己への羞恥と情けなさに対するもの。
正面の椅子には男子学生が変声期特有の声を殊更張り上げて、話と携帯とゲームに夢中になっているし。ゴドー達の前に立っているOL風の女性は連結部分の枠に凭れ掛かってヘッドフォンを嵌め、目を閉じているが。
人前、なのだ。
二人きりの閨ではなく。
それなのに、ゴドーの太くて巧みな指が斜面でくるくると卑猥な螺旋を描くと、じわり、と滲み出したものが下着に染み込み、濡れた感触はどんどん範囲を拡大していく。
それが、ゴドーの手なら。
いつでも、どこでも、悦楽に堕ちる事を自覚している。成歩堂の身体はゴドーによって拓かれ、造り替えられた。快楽のスイッチは、成歩堂自身よりゴドーの方が詳しい位で。
今はスラックスという隔たりがあるが。もしゴドーがジッパーを下げ、昂ぶりつつあるソレを外へ出し、いつものように扱き、擦り、捻り、弄び、少し苛めて沢山慈しんだとしたら。成歩堂は理性や常識を官能に食い千切られ、浅ましくも烈しく達してしまうに違いない。
「・・ふ・・ぅ」
淫らがましい吐息を、唇をきつく噛み締めて必死に堪え。深く俯いて快楽に煙る面を隠し、成歩堂はただゴドーの甘い責め苦を耐え忍んでいた。
「まる・・」
扇情的に白い肌を染め上げる朱は見えないけれど、俯いた為に常より露わになった、すんなりと伸びる項。
力を入れている所為で口の端に出来た、小さな笑窪。
微かに見える睫は細かく震え、付け根が幾分濡れているようだ。
手の中で素直に熱くなっていく分身と相俟って、仕掛けたゴドーも惹き付けられて目が離せない。
「今日は、泊まっていくな・・?」
更に音量を下げ、吐息の形で、触れたらさぞかし火照っているであろう耳朶へ吹き込む。
「っん!」
囁きですら愛撫として受け止めた成歩堂は大きく揺れ、その後怖ず怖ずと顔を少しだけ上げてゴドーを仰いだ。声が発せない代わりに、潤みきった黒瞳には戸惑いや喜悦や自省などが多様に浮かんでいたが。その中に理解の色があった。
やっと、ゴドーが思い付きでこんな痴漢じみた真似をしたのではないと悟ったのだ。
今日は金曜で。
例のごとくゴドーは、自宅へ泊まりに来るよう気障な台詞とベタベタのスキンシップで成歩堂を誘った。けれどアパートの掃除を数週間放置していて、加えて土曜は御剣と久々にランチの約束があった為、成歩堂は残念そうに丁重にお断りして。
その時は『ふぅん、ツレナイコネコちゃんだぜ!』とあっさり流していたのに。
実は、物凄く、拘っているようだ。
「どうしてもボウヤとランチをしたいのなら、俺の家から行くんだな」
紡ぎ出される、蜘蛛の糸のように成歩堂を絡め取る絶対的な旋律。『否』は却下する事を、隆起した肉茎をギュッと握った手の強さが告げている。
―――どんな手を使っても成歩堂を放そうとしないゴドーと。
その独占欲をどこかで嬉しいと感じる成歩堂。
どちらがより質が悪いのかは、論じるような事ではないのだろう。
ただ、どうしようもなく互いが互いに溺れているというだけで。
「・・・・」
相変わらず唇を開いた瞬間耳目を集める声を出してしまいそうな成歩堂は、小さく、頷いた。と、ゴドーの手は宥めるように上から下までを隈無く撫でてから離れたが、落ち着くどころかズキズキと脈打って痛い位だ。
眉尻をへたらせてゴドーを睨め上げた成歩堂へ、ニヤリと飛び切りのセクシュアルな笑みを見せ、ゴドーがすっと立ち上がる。電車は速度を落とし、二人共が降りる事になった駅のホームに入りかけていた。
鞄を空いた席に置き、素早くコートを着たゴドーはさり気なく成歩堂の前へ移動して成歩堂に顎を抉った。少し蹌踉めきながらも成歩堂が腰を上げると、やたらと優しい手付きでコートを着させ、きっちり前ボタンを閉める。
これでヤバイ状態である事をカモフラージュできた成歩堂はほっと息を吐き、未だ俯き加減に歩き出した。
寄り添い、片方の男が腰に手を廻してという構図だが、もう片方が顔を真っ赤にして下を向いて足取りも覚束ない事から、酔った同僚を解放しているのだろうと周りは気に止めない。
しかしそうでない事を知っている成歩堂は気が気でなく、普段なら歩く距離をタクシーに乗るゴドーへ文句も言わず従った。
で、翌日のランチは。
ほぼノンストップで放してくれなかったエロ親父の所為で、成歩堂は足腰が立たず。ゴドーが車で待ち合わせのレストランまで送り。
しかも甲斐甲斐しくテーブルまでエスコートした挙げ句。(流石にお姫様抱っこではなかった)
『終わったら迎えに来るから、連絡するんだぜ!コネコちゃん』
の台詞を、投げキスと共に残して退場したものだから。
ただでさえ疲れ切って食欲のない成歩堂は、御剣の容赦ない追求を受け続けてランチどころではなかったとか。