「今夜は、吐麗美庵の制服か、裸エプロンで行こうと考えてるんだが」
ゴドーが真摯な口調と半分だけだが至極真面目な表情で宣い、右手に吐麗美庵のウェイトレス服、左手にヒラヒラの白いレースを沢山付けたエプロンを持って立った途端。
「―――帰っていいですか?」
成歩堂は既にパジャマ姿なのにも構わず、ベッドから降りようとした。
「おっと。コネコちゃんの帰る場所は、ココだろう?」
逃げる成歩堂をウェイトレスの制服ごと抱き締め、ポイ、とベッドへ戻す。
敢え無く逃亡に失敗した成歩堂はベッドヘッドへぴったりと貼り付き、指を突き付けた。
「異議あり! コネコじゃないし、ちゃんと帰る家は別にあります。そして、どちらも着ませんからね!!」
精一杯虚勢を張って状況を打破しようとする様子は、まんまコネコじゃねぇか、とゴドーは思ったのだが。今は言うべきではないと判断し、まずは論戦(と言える程高尚なものではない)に応じた。
「何故、嫌がるんだィ?」
「当たり前じゃないですか!? 女装なんてしたくありませんっ」
「マンネリ防止の一環だと考えればいいし、見るのが俺だけなんだから、含羞む必要はないだろ?」
「寧ろ、マンネリ歓迎です! それに、ゴドーさん相手だから余計に着たくないって事、そろそろ自覚して下さい!」
「アンタにベタ惚れなのは、骨の髄まで自覚してるぜ!」
「ゴドーさん・・・いやいやいや、どさくさ紛れにパジャマを脱がすなーっっ!」
「チッ・・」
「舌打ちしない! とにかく、着ませんから!」
「つれない事、言うなよ。・・なぁ・・縫製も、生地も、最高級のものを『ダンディズム』に特注したんだぜ? 勿体ねぇとは思わないかィ?」
「また、どんだけ恥ずかしい注文してるんですか!? 無駄にしたくないなら、ゴドーさんが着れば済む話です!」
売り言葉に買い言葉。話の流れへの、極々自然な突っ込み。
しかしそれこそが、ゴドーの周到かつ姑息な誘導であったのだ。ニヤリ、とゴドーが獰猛に笑う。
「クッ・・言っちゃったな、まるほどう」
「え・・な、何です? ヘンな事は、言ってませんよ?」
悪辣極まりない表情に忽ちビビった成歩堂は、語気を弱める。
「着ていいんだな?」
「・・・は?」
ズイ、と一歩迫られ、これ以上下がれないのでビク、と身を縮める。
ゴドーが二度、ドスの効いた声で尋ねる。
「吐麗美庵の制服かエプロン。俺が着ちゃっていいんだな!?」
「―――――」
まるほどうは ダメージをうけた!
HPが 57さがった!
つい、想像してしまったのがマズかった。
たとえ少しでも屈んだらパンツ見えますよ、のタイトミニでも。褐色の肌に、真っ白なエプロン一枚でも。不遜なまでの態度を変えず、長い脚を開き気味にし、マグを持って佇むゴドーを。
似合う似合わないの問題以前に。何かが激しく違う。
「着ていいんだな? まる」
ガックリグッタリした成歩堂へ、ゴドーは容赦なく詰め寄った。
「お願いですから、着ないで下さい・・・」
精神衛生上よろしくない影響が出そうなので、成歩堂は素直に頼んだ。
・・・ゴドーの思惑を知らず。
「他ならぬ、コネコちゃんのお強請りだ。バッチリ聞いちゃうぜ!」
「あ、ありがとうございます・・・」
いつものゴドーなら、もっとごねて、策を弄して、成歩堂を丸め込んで、と夜の営み位に粘着質な喰い下がりを見せるのに。思い掛けずあっさり承諾した為、拍子抜けした成歩堂は礼まで言ってしまった。
何度も繰り返すが、迂闊なトンガリ弁護士である。そろそろ、コネコ呼ばわりを公認すべき時に来ている。
「なら、契約成立だな。さ、どっちを着るんだィ?」
「待った! 話の流れがオカシイです!」
「却下。見たくない、というまるほどうの願いを叶えてやったんだ。等価交換に、見たいっていう俺の望みを聞くべきだろう?」
「そんな等価交換、ありません!!」
傍若無人に過ぎる弁に、流石の成歩堂もキレ、コネコパンチならぬ顔面目掛けての枕投げ付けを試みる。反射神経の良いゴドーが避けるのは分かっていても、男なら結果が予知できる事でも敢えて成さなければならない時があるのだ!と妙な決意を抱いて。
「クッ・・コネコちゃんは、無垢さを現す純白のエプロンをご指名かィ?」
ひょい、と慌てた様子もなく避けた挙げ句に、たまたま枕がエプロンを持った手に落ちたものだから、都合の良い解釈をするエロ親父。
「絶対! い・や・です!!」
「クッ・・素直じゃないツンデレコネコ、嫌いじゃないぜ!」
「ツンでもデレでもなくて、ただ嫌がってるだけですって!」
「知らねぇのかィ、まる・・・男ってのは、嫌がられれば嫌がられる程、征服欲を刺激されるのさ」
「同じ男ですけど、同意しかねますっ・・うわぁ、こ、来ないで下さい・・ぎゃぁぁっ!」
成歩堂以外にとっては掛け合い漫才にしか聞こえない遣り取りの間も、だだっ広いベッドの上を躙り寄ってくるゴドーから一定の距離を保持してウロウロしていた成歩堂だったが。肉食獣さながらの敏捷さで飛び掛かられ、色気とは無縁の、断末魔の叫びに等しい雄叫びを上げた。
「やっぱり、『裸エプロン』は永遠に男のロマンだなぁ・・」
「今度の精密検査で、脳も診てもらって下さい」
「ツレナイ事言うじゃねぇか。・・・コネコちゃんもニャンニャン啼いてた癖に」
「おバカな発言をするのは、この口ですか!?」
少しばかり回復した成歩堂は、色々な恨み辛みと照れ隠しを込めてゴドーの頬を抓んで真横へ引っ張った。コネコの戯れに、抓まれたままゴドーはニヤニヤ北叟笑み。その後あっさり外して、両の指先へ小さくキスを落とす。
「EDのご亭主に放っておかれて、身体が疼いてたのかィ?」
『洗濯屋ケンちゃん』紛いの設定が気に入ったのかまだ小芝居を打つゴドーへ盛大に顔を顰め、一ヶ月程EDになってくれる事を秘かに祈りながら、成歩堂が溜息混じりに突っ込む。
「こちらとしては放っておいて欲しいんですけど、生憎べったりです」
その切り返しに、ゴドーは考え込むように顎髭を擦り、ニッと口角を上げた。
「こんなエロい幼妻がいたら、朝昼晩可愛がるのも無理ないんじゃねぇか」
「いやいやいや、昼は無理でしょ?! っていうか、エロくないし幼妻は却下します」
「クッ・・昼休みに駆け付けて、昼飯じゃなく若奥さんを喰っちまうのさ!」
「あああ、もう、このエロ親父どうにかして・・・」
「どうにかされるのは、まるほどうで決まりだぜ!」
「ホント、帰りたい・・・(泣)」
グテリとシーツに突っ伏して、さめざめと嘆いた成歩堂は。
しかし、数ヶ月後ゴドーの家以外に帰る場所がなくなってしまう事を、知らない。