ゴドナル

パラレルでも、正夢




「クッ・・相変わらずコネコちゃんの裁判は崖っぷちだぜ!」
「うう、すみません・・。自分でも、情けないです」
 カモメ眉をへたらせ。肩を悄然と落とし。成歩堂は深く項垂れた。
 十分に証拠を揃え、それなりに自信をもって挑んだ筈の裁判で。やたらと比較・セットにされる御剣が重箱の隅を細い針でぐりぐり穿り返した為、あっという間に追い詰められ。有罪を告げる木槌が打ち付けられるまで、後数pの所だった。
 どうにかこうにか逆転勝利できたものの、流した冷や汗は脱水症状に陥る一歩手前。閉廷から一時間も経過しているのに、未だに顔色はビリジアン。
 今回は傍聴席に座って完全傍観を決め込んでいたゴドーにからかわれても、反論する気力もない。
「無実は証明できたが、結果が全てじゃないだろうよ」
「はい・・・」
 尤もな指摘に、ますます成歩堂の頭は下がる。
「もっと精進しろよ、まるほどう」
 パラリーガルという身分でも、実質的には成歩堂の師匠であるゴドーはきっちり釘を刺し―――鞭と飴を切り替えた。(成歩堂的には鞭と鞭、かもしれない)
「まぁ、あんなピンチからひらひらボウヤをやっつけたのは見事って事で・・・ご褒美、あげちゃうぜ!」
「へぁ? いっ、いやいや遠慮しますっ」
「クッ・・照れ隠しかィ?」
「何でそうなるんですか!? うわ、ゴドーさんっ待った!」
 全力で抗っている筈なのに、身体に巻き付いたゴドーの腕からは逃れられず。どんどんと、精悍な顔が近付いてくる。
 息が感じられる位、肉感的な笑みを湛えた口唇は成歩堂のそれへと迫り―――




「うわぁぁっっ!」
 珍しく、目覚ましが鳴る前に成歩堂が飛び起きた。
「ゆ、夢か・・・」
 妙にリアルで、生々しくて、鮮明で、奇妙な夢。何だアレ・・と首を捻りつつ、成歩堂は身支度を始めた。
 今日も、パン屋の仕事は完全に夜が明けきらない内から始まる。




「どうしたィ、ぼんやりして」
「あ――いや、何でもないです」
 朝の戦闘が無事終了し。昼休み、いつもの場所でいつものカフェオレを飲んでいた成歩堂に、お決まりのブラック珈琲を呷っていたゴドーが声を掛けた。
「まさか俺の淹れたモンに、文句があるんじゃあ―――」
「いやいやいや、とんでもない! とっても美味しいです!!」
 淡い色の双眸を鋭く眇め、殺気すら漲らせて睨んでくるものだから、成歩堂は必死になって弁解した。カフェオレを淹れてくれるようになるまでだって、かなり大変だったのだ。珈琲に関しては特に、ゴドーの機嫌を損ねるのは得策ではない。
「ふぅん。なら、耽っていた理由は?」
 殺気は和らいだものの、探るような視線は弱まらない。機微に聡いゴドーは、成歩堂自身より成歩堂の変化を見抜く。ぼんやりする事などしょっちゅうなのに、何故かピンポイントでこんな風に聞いてくる。
 そして。聞かれる時は、大抵ピンチに陥る成歩堂。
「え・・・いやその、何でもないです・・」
 目を逸らし、今日のランチであるパンへ齧り付く。出来はまぁまぁだな・・と現実逃避したけれど。ゴドーが、誤魔化されてくれる訳はなかった。
「言えねぇのは、ヤラしい事だと見なすぜ」
「っ!」
 ギクリ、と顔が強張る。脳裏にフラッシュしたのは、かつてない程に接近したゴドーのドアップ。恋愛値の低い成歩堂でも、途切れた夢の続きがどうなったかは分かる。
 夢の中の成歩堂は、パン屋ではなかったし。ゴドーも喫茶店の主ではないようだし。何より、二人の間柄は非常に近しく見えた。
 一日一回以上、セクハラされても。口説き文句としか思えない台詞を、挨拶代わりに投げ掛けられても。常連さんと長々話していると、マグカップで遮られても。
 成歩堂とゴドーの関係は、親しい知人。精々付け加えられるとしたら、商品を仕入れてもらっている得意先。
 そんなゴドーに、『ゴドーさんにキスされる夢を見ました』なんて言えるだろうか? 
「いやだなぁ、ボケてただけですって」
「クッ・・懸命にトボケようとするコネコちゃん、嫌いじゃないぜ!」
 絶対にスルーしなければ!、と決心したものの。その意気込みは、ゴドーの疑惑を後押ししただけで。ニヤリ、と意地悪く笑ったゴドーが、わざわざカウンターから出てきて成歩堂の背中にのし掛かり。
 



 十分後。
 不可思議な幻は、正夢になった。