『手の上なら尊敬のキス。額の上なら友情のキス。頬の上なら満足感のキス。唇の上なら愛情のキス。閉じた目の上なら憧憬のキス。掌の上なら懇願のキス。腕と首なら欲望のキス。さてそのほかは、みな狂気の沙汰』 ―「接吻」―
「みな狂気の沙汰、か・・」
ゴドーは小さく呟いた。俯瞰した白い背中には、きっとゴドーの狂気が多数示されているのだろう。赤が見えないのは幸いかもしれない。いかれ具合を視覚で再認識せずに済んだのだから。
羽根の名残だと言われる肩胛骨には、ゴドーでも分かる紫に変色した印が刻まれていて、思わず苦笑する。どうあってもこの存在を離したくない想いのシンボリズムだ。
「まるほどう・・」
シーツを握りしめる手を上から包み、力任せに指を絡み合わせる。もう片方を前から廻して腰を抱き、ぐっと前屈みになった。
「っぁ!」
体重をかけた侵入に、成歩堂の背が弓なりに撓む。圧迫感に耐えかねて意志とは関係なく肉体が逃げる素振りを見せても、手と腰を抑えられていてはすぐに引き戻され、反動でより奥までゴドーを迎え入れてしまう。
「どこへ行こうっていうんだい? コネコちゃん」
耳朶ごと口に含み、抑揚なく問いかける。
直接的な刺激と。
束縛の重々しい響きと。
頬を掠める熱い息が、成歩堂の全身に震えを走らせた。
「・・っァ」
悲鳴のように鋭く肺へ空気を送り込むと、成歩堂は持てる力でゴドーの指を握り返した。きつい体勢にもかかわらず、首を捻ってゴドーを仰ぎ見る。
「ゴドー、さ・・」
喘がされ続けて早くも潰れた喉が、それでもゴドーの名を呼ぶ。大切そうに音を綴った花弁はうっすら開いたままで、ゴドーを待ち望んでいた。
成歩堂の誘いを、ゴドーが拒絶する訳がない。ガチリと歯がぶつかる位の性急さでゴドーはディープキスを仕掛け、成歩堂の甘い口腔を、唾液を、そして柔らかい肉片を貪り尽くした。
成歩堂も奪われるだけでなく、懸命に舌を伸ばしてゴドーのそれと擦り合わせ、幼子のような直向きさで吸い付いてくる。
絡み合った指も。
まともな音とはいえない掠れた希求も。
お互いを味わう接吻も。
成歩堂が発するメッセージは、みな同じ。
求めているのは、ゴドーだけではないと。優劣なく恋情に溺れている事を、言葉以外の全てでゴドーに伝える。
「・・まるほどう」
ゴドーの中心部にあった冷たい塊が一瞬にして溶け。溶けた欠片は情欲の焔となって、ゴドーをこの上なく煽り立てる。
「狂っちまう程に、愛してるぜ」
二人して狂気の淵に沈むのなら。
それもまた、愉しいに違いない。