実験シリーズ6

検証は必須なれど




 成歩堂は、真剣に考えていた。弁護以外では、結構お気楽に対処する彼には珍しく。
 何についてかといえば、恋人(になったばかり)のゴドー。まさしく蜜月中ではあるが、『寝ても覚めても彼の事で胸が一杯』なんて乙女モードとは違う。交際は概ね順調だが、頗る、とは断言できない。
 その理由は・・・。
「上手すぎるんだよなぁ、あの人」
 もう一人成歩堂がいたら、『惚気かよ!?』と突っ込んだだろうが、本人はいたって真面目に悩んでいる。
 混乱と驚愕の内に過ぎた初寝から、一ヶ月。この一ヶ月というもの、ほぼ毎晩、ゴドーは成歩堂をお持ち帰りしては『そのようなアレ』に縺れ込み。最初訳が分からないままコトが終わってバタンキューだった成歩堂も、多少の余裕が持てるようになった。
 そして、気付く。
 同じ性別なのに。生殖に結びつかないのに。世間ではまだまだ認められない関係なのに。
 後ろめたさが殆どない事に。
 恥ずかしさは、勿論ある。ヘンな声は出るし、過敏な反応をしてしまうし、霰もない格好はさせられるし。思い出すだけで赤面し、のたうち回る事もしばしば。
 でも。嫌だ、とは感じないのだ。
 屈辱も嫌悪もない事に関しては、『好きだから』で落ち着いた。恥ずかしくても、恥じてはいないから、後悔を覚えないのだろうと。
 しかし、もう一つ別の問題があった。
 成歩堂は、男だ。経験が少なかろうと、受け身をやっていようと、紛れもなく男だ。男なら、閨において心身共に恋人を満足させる努力義務が生じる、とのポリシーを持っている。
 成歩堂自身は、もう少し控えてくれてもと秘かに願ってしまう位、満足している。けれど、ゴドーはどうなのだろうか? 正直、マグロの自覚があるだけに気になる。
 脱がされているだけでなく、脱がそうとゴドーの服に手を掛けても、キスされている間に朦朧として忘れ。キスで汚名返上にチャレンジしても、百戦錬磨のテクには到底太刀打ちできず。そこから先については、圧倒的に知識と実践不足。
 何をどうしたらゴドーが快いのか、未知の領域。
 マグロはまずい、と成歩堂なりに勉強はしてみた。こっそりおっかなびっくりその手のサイトを閲覧し、効果的なのは口淫と括約筋の鍛錬、と半ば真っ白になった頭で結論付ける。
 対処法は見付けたものの、如何せん、両方ともハードルが高い。若葉マークの成歩堂には、手淫とスキンシップが限界だった。それすら、ゴドーの愛撫が進むと疎かになってしまう。
 要は、理性が失われてまともな思考能力が奪われるのが敗因のようだ。
 そこで、マグロ脱出のファーストステップとして阻害要素を検証してみたのである。
 まず第一に。
 声が、いけない。
 やたら甘くて、深くて、渋くて、尾てい骨直下型で―――。耳朶へ僅かに触れながら低く囁かれたら、カッと身体が熱くなって背骨は下からゾクゾク震える。
 派生して、笑い声もいけない。喉の奥でくつくつと忍び笑われると、どうしてか淫靡な気持ちになる。
 第二に、唇がいけない。
 シニカルなカーブを描いている事が多い肉感的なそれは、一度キスを仕掛けると情熱的で、強引で、貪欲で、成歩堂の口腔を支配し尽くす。
 加えて、器用で淫らで悪戯好きな舌ときたら! 指を悉く舐められた時には、軽いカルチャーショックに陥ったものだ。
 第三に、手がいけない。
 体躯に見合った大きな手の平で肌を撫でられると、身体の芯が融けてなくなる。節くれ立った長い指は、力の抜けた四肢を更にグズグズにする。古い例えだが、あれこそゴールドフィンガーに違いない。
 第四に、目がいけない。
 寝室ではゴーグルを外し、時折フレームレスの眼鏡を掛けたりするけれど、大抵は裸眼で。視力は皆無に等しいと分かっていても、酷く淡い色彩の双眸は、まるで見えているかのような強さがあって。その眼差しに己の痴態が晒されている事を想像すると、胸が熱く焦げ付くのだ。
 他にも『いけない』ものはあるが、話が即物的になりすぎるので、成歩堂はここで区切る事にした。
 考慮の結果、意識を乱すのはゴドーの声、手、瞳。ならば、ゴドーの目を覆い、唇を塞ぎ、手を縛ればいいのか・・?
「いやいや、ダメだろ」
 がっくり項垂れる。確かにゴドーをマグロにすれば、成歩堂はマグロにならずに済むが。それはもう、異なる趣旨の倒錯プレイだ。
 よって、この方法は棄却。
「悩ましいなぁ・・」
 大きな溜息が漏れる。
 どこかで練習してくるのは本末転倒だし、ゴドーに教わるのも違う気がするし、第一誠意がない。
 しばらく頭を抱え込んでいた成歩堂は。
「あーっ、もう、男は当たって砕けろだっ!」
 突然立ち上がり、己に気合いを入れた。
 破れかぶれになった成歩堂が出した方法は、『先手必勝で主導権を握る!』だった。
 ・・・かなり、疲れていたらしい。
 その結末といえば。



「今日のコネコちゃんは発情期かィ? クッ・・ならば、俺も頑張っちゃうぜ!」
 ゴドーがあれでも多少手加減していた、と判明しただけで終わった。