何が変わり、
何を失い、
何を得たのか。
そんな事をつい考えてしまう位、ゴドーとの共寝は成歩堂に多大な影響を及ぼした。
後悔している訳ではない。けれど、何しろそれまで成歩堂は異性愛者で、同性とどうこうなるなんて想像すらした事がなかったのだ。
しかも、受け身。180度世界が入れ替わったように感じた。
己のアイデンティティが崩壊し、再構築される『好き』という感情は、凄いの一言。昔もかなり凄まじい事をしでかしたが、あれは好意が根底にあっても『若さ』と『無知』のなせる技。ゴドーへ抱くものとは性質が違ったと、今では分かる。
「はぁ・・」
何度目かの、溜息。これからどうなっていくのかという事も、思案の基だが。嘆息の直接的な原因は―――どんな顔をしてゴドーと会えばいいのか、だ。
そのようなアレに至った翌日は、まだ衝撃から抜けきれなくてどこか感覚も思考も麻痺していた。午後からゴドーは星影法律事務所の仕事で出張し、メールや電話で連絡を取り合っていたものの、会うのは一週間ぶり。
下手にいろいろ思いを巡らせる時間があった事は、成歩堂の性格ではマイナスに働く。翌日から否応なしに狭い空間に居れば、あわあわそわそわと焦る内に疲れて突き抜けて開き直った筈だ。そのタイミングを完全に逸してしまい、まともに目も見られない自信さえついた。
視力に反して力強く成歩堂を射抜いた、不可思議な淡い色の双眸を思い出すから。
視線をずらしても、きっとダメだ。普段ニヒルな笑みを浮かべる口唇の齎した事が、蘇るから。骨張っていて大きい癖に妙に器用な手も、男ながらに羨望した体躯も無理。
―――結局、どこも見ていられない。
おかしい。以前の『恋』とはあまりに異なる。気持ちが暖かくなって、守ってあげたくて、浮かれはしたけれど、こんな風に心臓の病を疑う程、鼓動が早まったりはしなかった。
まるで乙女、とあんまりな形容が脳裏を過ぎって、げんなりする。受け身になると性格もそれらしく変化するのがセオリーなら、嫌だった。ただ・・明瞭に説明はできないけれど、単なる閨での『役割』問題ではないような気がする。
「うーん・・」
もやもやして、成歩堂は小さく唸った。雰囲気に呑まれ、流されたのがマズかったのか。しかしあんな状況下で情事後の展開と惑乱を考えられる余裕があったら、それは成歩堂の偽物だ。
実際、経験値の差があり過ぎて対応に苦慮している。
はっきりとした言葉があった訳ではないものの、ゴドーとは恋愛関係に移行したと受け取っていいだろう。当然、そのようなアレだって、またあるという事で。
「・・うわぁ・・」
会うのですら緊張しまくりなのに、それ以上の接触をしたら心臓がひっくり返るのではなかろうか。できれば、しばらく避ける方向でいきたい。
この間も、正直、痛くて苦しくてしばらく椅子に座るのもおっかなびっくりだった。
いや、ゴドーの名誉(?)の為にもっと正直に付け加えると、ゴドーは優しかったし途中から記憶が曖昧になる程、気持ちよかったけれど。
・・・いやいや、話が逸れた。
兎に角、そのようなアレ系統の問題はさておいて、普通に対面できる位まで落ち着く必要がある。
そうとりあえず結論付け、深呼吸した時―――。
「クッ・・コネコちゃんは、幾ら見てても飽きないな」
「・・・げほげほっ!?」
渋いテノールが聞こえ、全く気配もなかった為、確実に成歩堂の鼓動は一瞬止まった。ついで盛大に噎せ返り、慌てて声のした方へ振り返る。
「どうした? コネコがコネコパンチ喰らったみてぇな顔して。俺としちゃあ、熱いキスとハグの出迎えを期待してたんだがな」
すらりとした立ち姿も粋なゴドーが、肉感的な唇をカーブさせて笑っていた。ガバリ、と脊髄反射で立ち上がる成歩堂。
「ゴ、ゴドーさん! お疲れさまです」
『お帰りなさい』の一言さえ出せない成歩堂にとって、キスもハグもハードルが高すぎる。ゴーグルの端辺りに視線を当てつつ挨拶するのが、精一杯。そして1秒毎に、じわりじわりと顔に血が昇っていく。
向かいのソファへ鞄と土産物が入っていそうな紙袋を置いたゴドーは、そんな成歩堂を(おそらく)じっと観察しながら歩み寄ってきた。成歩堂の心中では『いやいや、それ以上来ないで下さい!』との叫びが渦巻き、冷や汗まで掻き始める。
勿論ゴドーの長い足は数歩もかけず成歩堂の前に辿り着き、顎に指をかけて成歩堂の視線を修正した。相変わらず鋭い観察眼だと、現実逃避気味に感心する。
「ガチガチだな、まるほどう」
紅潮し、硬直し、意識している事を全身で漏洩している様子に、ゴドーが忍び笑った。
「脈も速い。イイ傾向だ」
手首ではなく、直接胸の動機を計られる。あの、力強くも繊細な手で。
「心が疼くかィ?」
少し屈み込んで耳元に落とすのは、背筋をざわつかせる甘く深い声。
「それは、第一段階さ。俺は疾うに越した」
何の、と問いかけるべく開いた唇は、しかし音を出せずに戦慄いただけ。
「今は、心と―――身体が疼く。アンタに近付くともっと近寄りたくなって、アンタに触るともっと触りたくなる」
「・・っ・・・」
引き寄せられて密着した身体は、外の寒さが嘘のように熱く。腰骨付近に当たるのは、隆起した硬い感触。知覚した途端、体中の体温が更に沸き立つ。
心臓のバクバクは、危険域に到達しているというのに。ゴドーに容赦は一切なかった。
「早く、まるほどうも追い付いてくれよ。心と身体の反応が一致した時の快楽は・・たまんねぇぜ?」
「っ!?」
いやもう、何か色々とキャパオーバーです。