「もう今年も、残り1ヶ月を切ったんですねぇ・・」
いつでも美味しい、ゴドーがいれてくれたコーヒーを飲み干した成歩堂は、深い溜息をついた。
「トゲトゲ弁護士さんは、一年中走ってるがなぁ」
「・・グッ」
師走に関係なくバタバタしている自覚があるから、何も口内に入っていないのに噎せそうになる。
ゴドーがオブザーバーとして事務所に通い、成歩堂を鍛え始めてからは、『崖っぷち』が『崖っぷち2歩手前』位には成長したものの。比例して依頼の件数も増えてきたので、時間に追われている状態に変化はなかったりする。
どんなに忙しい場合でも余裕で、ニヒルで、アロマをじっくり味わって成歩堂の神経を逆撫でしてくれるゴドーの域に達するのは、まだまだ先のようだ。
「クッ・・仕事納めにはキレイに片付けられるよう、ビシバシ扱いちゃうぜ!」
「はぁ・・・頑張ります・・」
ゴドーは有言実行の男。そして、ドエスだ。ゴドーが仕事を全部処理するというのなら、どんな小さな仕事も綺麗さっぱりなくなるに違いない。
・・・成歩堂のHPも、綺麗さっぱりなくなるだろうが。
冷や汗が、たらりと頬を伝う。
今後のハードワークを想像して青ざめる成歩堂にゴドーは喉奥で笑い、それから壁にかかっているカレンダーを見遣った。
「仕事納めは、25日だよな?」
「ああ、はい」
成歩堂もカレンダーへ視線を向け、頷く。
ゴドーの節くれ立った指が、顎髭を擦った。
「25日からアンタは、俺の家だ」
「は?」
「時間を見繕って、それまでにアパートの大掃除をしなきゃならねぇな」
「いやいや、待った! 何です、それ!?」
システム手帳を取り出したゴドーに、慌ててツッコむ。掃除が得意ではない為、何をやっても器用なゴドーが手伝ってくれるのは手放しで歓迎するが、前提条件がおかしい。
「ナニって・・クリスマスと年越し、年明けを、恋人と一緒に過ごすのさ」
「こっ、こい・・っ」
今度は激しく噎せ返る成歩堂。数秒の内に、髪の生え際まで真っ赤になるオマケ付きで。
数ヶ月まえから、付き合いだし。そのようなアレも致し。関係に名を付けるなら、ゴドーの言う通り『恋人』。しかし恋愛ベタな上、同性と交際するのも初めての成歩堂は、まだまだ照れが先に立つ。
押しが強く経験豊富なゴドーに振り回され、流されている感も否めない。
「ま、同棲の下準備だと思って、気楽に身ィ一つで来な」
「ど・・・」
もはやパクパクと口を開閉させるだけで、ツッコミもできない。そんな前振りをされて、どうして気楽に行けようか。
キャパオーバーした成歩堂にニヤリと口角を上げ、ゴドーは隣へ座り直した。身体を密着させ、肩に腕を廻す。
「まるほどうは、俺と過ごしたくないのかィ・・?」
尾てい骨直下のバリトンで囁く。吐息が耳朶から耳孔へかかるのは、勿論計算尽く。
ぴゃっっ、と奇妙な発声をして成歩堂が硬直した。そのようなアレを何度しようが、未だに慣れない反応をするのが面白くて余計ゴドーにからかわれるのだと、成歩堂は分かっていない。
「なぁ、まーる?」
「・・っ」
あやすような、それでいて誘いかけるような旋律。このトーンは危険だと、聞き続けていたら脳髄から侵されると警鐘が鳴り、成歩堂の手は本能的に耳を庇った。
「わ、分かりましたから! もう、仕事に戻りますっ」
早口に答えて、ゴドーの腕―――呪縛を脱する。
数十分後。
少し落ち着いた頃、まんまと、またしてもゴドーの思惑に嵌った事に気付いたが。
一週間近く仕事抜きでゴドーと一緒にいられるのは初めての事だったので、話を蒸し返したりはしなかった。
―――そして、後々、その事をちょっぴり悔いたのである。