空は、夏特有の目に染みる青が一杯に広がっていた。
だからぽつ、と水滴が頬にあたった時、蝉の落とし物かと思ったのだ。
「え? 雨・・?」
ぽつぽつ、からバタバタへ変わるまで、僅か10秒。
最近話題のゲリラ豪雨に遭遇した事に気付いた時、どちらかといえば鈍いだの天然だの言われる成歩堂ではあったが、珍しく非常に素早い動きを見せた。
腕に掛けていた青い背広をゴドーの頭に被せ、鞄を右手に渡し―――残りの左手を引いて走り始めたのである。
「・・・まる?」
「とにかく、雨宿りしましょう!」
どこか不思議そうな呼び掛けがあったが、走りながら左右を窺っている成歩堂に、気にする余裕はない。
折しも2人が歩いていた場所は、大使館だの公邸だのが立ち並んでおり、気安く軒先を借りる事もできない。訪問先だった官庁からも、既に5分以上離れてしまった。
「あ、公園がありましたよ」
話し声さえ雨音で聞き取りにくくなり、視界も水のベールに覆われ不鮮明だったが、50m程先に小さな公園を見付ける事ができた。
トイレでも御の字と思って駆け込んだそこは、いかにも利用価値のない中途半端な土地を緑地にしましたといった感が強く。植栽と東屋しかないが、雨を避けるには充分だ。
「ゴーグル、どうですか? 濡れちゃいました?」
「・・・・・」
雨除けに頭の上に翳していた鞄と、被っていた背広を受け取りながら、成歩堂が気遣わしげに尋ねた。精密機械でもあるゴドーのゴーグルは、水濡れ厳禁で。しかも故障したからといって、携帯のように安易に新しいものと交換できる訳ではない。
「今度から、鞄に折り畳み傘を入れておきますね。・・・ゴドーさん?」
鞄の中に入っていた、何とか濡れずに済んだハンドタオルを取り出して改めてゴドーに向き直った成歩堂は、そこで動きを止めた。慌てる成歩堂を余所に、ゴドーの肉感的な唇がニヤニヤと、悦に入った笑みを浮かべているのを見咎めて。
「そんなにヒドイ格好ですか?」
ヤマアラシは濡れても尖ったままだが。成歩堂のトンガリは濡れれば萎れる。
顔を伝う水滴や額にかかる髪の感触から、何よりべったりと肌に張り付いている服からしても、セットが崩れているのは想像でき、その様を見てゴドーが笑っているのかと思っての問いだった。
ゴドーは受け取ったタオルでゴーグルの表面を拭い。表を折り返したタオルで、成歩堂の顔を拭きつつ、やはり笑みを含んだ声で答えた。
「アンタはどんな格好だろうと、俺の可愛いコネコちゃんで間違いないだろうぜ!」
「いやいやいや、また意味不明な事を言わないで下さい! そういう事ではなくて・・・っ!?」
やけに丁寧で優しい手付きに戸惑い、一歩離れようとした成歩堂の腰にゴドーの腕が廻された次の瞬間。成歩堂は、熱烈で濃厚なディープキスに巻き込まれた。
「〜〜〜んん〜っっ!!」
唐突なキスに驚いたのと、場所が場所だけにジタバタと藻掻いたが、万力のような拘束からは逃れられず、その内ゴドーの巧みなベーゼに力も思考も理性も吸い取られてしまう。
東屋の柱に成歩堂を追い込み、ぐいぐいと押し付けてくるゴドーの堅く締まった身体はひどく熱く、その熱で水分が蒸発するのではないかと錯覚する位だった。
「・・っ、あ・・ゴ、ド・・っ・・!」
大きな両手で成歩堂の薄い尻肉を揉みしだき、今はまだ柔らかい成歩堂の欲望へ、聳え始めたそれを擦り付けて刺激する。
雨が降っていて周囲に誰もいないとはいえ、真っ昼間だし、公共の場所だし、仕事中だし、と焦った成歩堂が無理矢理唇をもぎ離して抗議と制止を叫ぼうと、息を吸った。
「や、め・・ぁっ・・」
ゴドーはその僅かな隙間から伸ばした肉片を再度突っ込み、声も吐息も、序でに抵抗も奪う。第二の皮膚のように密着した布は、小さな胸の飾りを浮かび上がらせていて、ゴドーの指は見もせずに蕾を摘んだ。
「・・ん・・ぅん・・」
クリ、クリ、と転がす度、重ね合わせた下腹部を同じリズムで淫猥に揺らめかせ、成歩堂の体温をゴドーと近い高さまで引き上げようとする。
「・・・ふ・・っ・・」
延々と続いたキス、というよりゴドーの悪戯がようやく終わった頃には、雨は綺麗にあがっていた。
水滴を反射して、雨の前より輝きを増した日差しの中。身体も瞳もトロリと溶けた成歩堂へ、ゴドーはご満悦そのものの調子で、浮かれた言葉を吹き込んだ。
「アンタの上着と鞄と―――愛に守られて、俺のゴーグルは幸せモンじゃないかィ? 勿論、持ち主の俺コミでな」
「なっ!?」
ゴドーは、余程成歩堂の極自然に現れた世話焼きが嬉しかったらしく。
やっとゴドーがウキウキしている理由を知って真っ赤になった成歩堂を、有無を言わせずタクシーに押し込み。
ビショ濡れの客に顔を顰めた運転手へ、たっぷり心付けを弾み。
お気に入りの老舗ホテルへ連れ込んで。
クリーニングに出した衣類一式が戻ってくるまでの数時間、どんなに感激したのかを『身体』で表現したのである。