欲しい。
奪いたい。
芳しい香りを放つ、熱い血潮を。
「ゴドーさん」
よく通る声で呼び、丸い瞳を煌めかせてゴドーを見上げる。何の変哲もない、何らかの意図がある訳でもない動作だ。けれど、ゴドーの五感は鋭敏に反応してしまう。
まず感じるのは、何とも食欲をそそる、旨そうな香り。餓えを強く意識し、喉がたちまち干上がっていく。欲求が膨らみ過ぎて、眩暈すら起こる。
「何だい、コネコちゃん?」
奥歯を砕ける寸前まで噛みしめて、平静を装う。抑制しても尚溢れ出す情動はゴドーの全身を濃く染め上げているだろうに、これっぽっちも察知しない成歩堂だからこそ愛おしくもあり、もどかしくていっそ腹立たしくすら思う。
本能のまま襲いたくなった事なぞ、馬鹿らしくてカウントするのを止めた。
酷く、簡単な事。
尖っている髪の毛を鷲掴んで引き、日に焼けない白い喉を晒し、薄い皮膚の下の頸動脈を探り当て―――牙を突き立てるだけだ。
ほんの数秒もあれば、成歩堂を味わい尽くせる。
だが、ゴドーは実行に移さない。業火に内側から灼かれるかのごとくの飢餓に苛まれても。
「コネコ呼びはやめて下さいって!」
成歩堂の人差し指が、ゴドーの胸を突く。瞬時に、ゴドーの『内』に直接伝わってくる、成歩堂の生命のリズム。
トクン、トクン、と至上の音楽にしか聞こえない脈拍が、極限までゴドーを誘惑する。ゴドーの朱眼が、もっと濃い血のような色彩を過ぎらせたが、ちょうど瞬きした成歩堂は目撃しなかったようだ。
ゴドーはニヤリと猛々しく口角を吊り上げ、成歩堂の手をすっぽりと握った。
「止められねぇな、きっと」
告げた言葉は、二重の回答。
触れれば欲求が爆発寸前にまで募る事が分かっていても、成歩堂の温もりを感じる事を止められない。そして欲しい、奪いたいと本能が咆哮しても、おいそれと従う事ができないのは。
ゴドーの求めるものが血液だけでなく、成歩堂そのもの、だから。