ゴドナル

今年も来年も




 慢性的な睡眠障害からすっかり解放されたゴドーだが。時折は妙な時間に目が覚める事もある。昔なら大抵眠りに戻れずに、まんじりと空が白むのを眺めていた。
「クッ・・・三十路過ぎとは思えない寝顔だな」
 今は。
 どういう偶然か、神様の悪戯か。ふわりと意識が浮上すると共に、確かな温もりが側に在り。言い様のない虚しさと混迷の代わりに、胸が締め付けられて少し苦しい、しかしこの上なく幸せな気分で満たされる。
 人肌の効用と言い切るには限定的で。孤独ではないという安堵とも、違う。
 考えるまでもない。
 隣にいるのが成歩堂だからこそ、ゴドーに安寧を齎すのだ。
 傍らに寄り添うだけで、平穏と喜びが肌の下でじんわり滲む。それは一見平凡で有り触れている事象にもかかわらず、未だかつて起こり得なかった。人生の酢いも甘いも噛み分けたゴドーは、成歩堂との邂逅がどんなに幸運なのか良く知っている。
 暢気にうっすら口を開けて熟睡している姿からは、想像できないが。
「・・ふ、ぬ・・」
 ゴソゴソ、と暖かい布団の中で体を返し。力の抜けきった成歩堂を更に引き寄せると、半開きの唇から漏れたのは、寝言か抗議か。どちらにせよ間抜けで―――愛しい。
 相手が男だろうと、子持ちだろうと、三十歳を過ぎていようと関係ない。ゴドーにとっては、至上に大切な唯一。空白があって、離れていた時期もあったけれど。その年月は、毒を飲んでしまった例の事件より深い傷跡を残したけれど。
 こうして成歩堂を抱き締めていれば、マイナスの感情は薄れ。プラスの想いのみが沸き上がる。再会してからは、成歩堂がみぬきを優先している事もあって共寝をする機会はそれなりに減った分。限られた逢瀬の間、エンドルフィンが大量に分泌されているのではなかろうか。
 みぬきが心身共に成長すると行動範囲は一層広がり、知り合いの所へ外泊する回数も増えてきた。成歩堂はもう親離れかなと寂しがっているが・・・みぬきは己の世界を拡充していると同時に、気を利かせてくれているのだ。
 恋人であるゴドーと成歩堂が、二人の時間を持てるように。筋金入りのファザコンであるみぬきが優先するのは、勿論成歩堂。成歩堂がゴドーには肩の力を抜けるから、排除されないで済んでいる。幼いながら、その徹底振りと手腕は半端ない。
 みぬきの思惑がどうあれ、成歩堂との時間が増えるのは大歓迎で。今年は、久々に二人きりで年を越せた。除夜の鐘そっちのけで成歩堂を責め立て。成歩堂が意識を失った所で一旦は諦めたものの。目が覚めたとあれば、折角だから有意義に過ごそうではないか。
「まる・・新年の御挨拶だ」
 布団に隔てられ見えないのに、ゴドーはするする成歩堂の衣服を剥いでいく。耳朶を甘噛みしながらの囁きに、成歩堂は低く唸りつつうっすら瞼を持ち上げた。
「んー? ゴドーさ、ん・・? どうしたんで――っ!?」
 少し腫れている(原因は言わずもがな)胸の突起を抓まれ、眠たげな瞳がぱっと開く。寝起きの良くない成歩堂だけれど、今までの経験から寝惚けている場合ではないと本能から叱咤されたのか慌てて逃げようとした。
「姫初めと洒落込もうかィ」
 ゴドーが逃がす訳もなく。一気に熱くなった耳殻へねっとり舌を這わし、身体全体で成歩堂を押さえ込んだ。こうなっては、成歩堂ができるのはたった一つ。
 即ち、
「もう姫初めは済んでますからっ!」
 鋭くはあるが、役には立たないツッコミを叫ぶ事だけ。
 実にゴドーと成歩堂らしい、年越しだった。