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チョコラブで行こう!




 たかが一年。されど一年。
 結構あっという間に過ぎてしまう365日だが。
 随分と、遠い所に来てしまった気がする。
 一体去年から今年に至るまで、何があったというのか。
 ちょっぴり現実逃避を兼ねて記憶を辿ってみた成歩堂だったが、すぐシャットダウンした。
 脳裏を過ぎる、どピンクの映像と音声付きのアレやコレやソレは、精神衛生上よくない。叶うならば、今すぐ永久消去したいものばかり。
 とにかく、一年前の今日は青臭くも初々しいバレンタインだった。
 二日程延々と葛藤し、顔から火が出るような思いを味わいつつ、行き付けのスーパーで買う必要のない品物の中へ、選ぶ余裕もなく出来るだけ目立たないチョコを紛れ込ませて購入した。
 当日だって、どうやって渡したらよいのか、いや抑も論として渡すべきなのかをしつこく悩んでいて。
 真宵達が帰った後、あまりにもあっさりゴドーから派手なスマック付きでチョコを渡され、反射的に『こんな簡単でいいんですか?! しかも、ゴドーさんがくれるんですか?!』と幾分筋違いなツッコミを入れてしまったのは、遠い日の恥ずかしい思い出。  
 ・・・考えてみれば、ゴドーの飄々とした所は殆ど変化していない。
 となれば一年で劇的に変わったのは、とても口には出せないような関連のコトなのか。変わったというか、どんどんオープンになってきただけのような気もするけれど、それを認めてしまったら終わりのような感がヒシヒシとするので、敢えて目を背けよう。
 リビングの入り口で遠い目をしてボケッと立ち尽くす成歩堂は、傍目には些かアブナイ人だが、それも仕方ないだろう。
 休日の朝。珍しく成歩堂の覚醒を促したのは、香ばしい珈琲の匂いや朝食の温かで美味しそうなそれではなく。
 妙に甘ったるい、美味しそうではあるが何故か嫌な予感を呼び起こす香。
 目覚めた直後だからといいきれない重い足をリビングへ運べば。
 引き締まったウエストに深緑のカフェエプロンを巻き付けたゴドーが、ゴーグルをつけていても読み取れる位あからさまに上機嫌な様子で料理している。
 料理、と言って良いのか少々躊躇う所だが。
 何故なら、テーブルに用意されているのは現在形で湯煎に掛かっている大量のチョコレートと、おそらくチョコレートが混ざっているのだろうカフェオレ色のクリーム。これまた大量の。
 それらが視界に入った途端、成歩堂は逃げたくなったものの、この家の中で安全な場所なんてない。玄関へ行く為にはリビング―――つまりはゴドーの横を通らなければならないし。
 バレンタインに付き物の、チョコ。それ自体には何の問題もないけれど、ゴドーの雰囲気とこれまでの(消去したいけれど強烈過ぎて消去できない)経験からして、成歩堂は窮地に陥っている。
 きっと、用意されたチョコの大半が本来の目的からかけ離れた用途に使われる。
 それが一瞥で判断できてしまうのは、どうしてなのか。
 所謂、慣れか?
 こんな慣れは、イヤだ。
「お早う、コネコちゃん。流石、ベストタイミングだぜ」
「お早うございます、ゴドーさん。ちょっと用事を思い出したので、出掛けていいですか?」
 道具を置いて成歩堂へと向き直ったゴドーに、成歩堂はきちんと挨拶を返した後ビリジアンになりつつ足掻いてみた。
「却下。恋人達の為に用意された日に俺を置いていこうなんざ、冷てぇ仕打ちじゃねぇか?」
 成歩堂が一歩後退る間に数mの距離をさっくり詰めてコネコを捕獲完了したゴドーの笑みは、普段より倍はエロい。
 漂うオーラが濃厚な桃色で、完全にゴドーのスイッチが入っている事を表している。
「い、いや、用事を後回しにするのは構わないんですが、何というか・・その・・」
 『少し落ち着いて下さい』だの『普通のバレンタインでお願いします』などの懇願は、『愛しいコネコを前にして落ち着く程、枯れちゃいねぇ』だの『そんな曖昧な言葉を使っちゃダメだぜ?弁護士さんよぉ・・』などと簡単に論破される為に言わない。
 成歩堂も学習しているのだ。しかし反論しないまま口籠もっていれば、ゴドーの言い様に持って行かれるのが自明で。レベルアップには程遠い。
 逃げる余地が殆どなくなってしまったのも、一年前と変わった部分。変わってほしくなかったが。
「クッ・・まるほどうは、恥ずかしがり屋だからな。言わなくてもイイさ。俺がまるの秘めた望みをたっぷり叶えちゃうぜ!」
「いやいや、曲解ですって! 都合の良い解釈をしないで下さいよ、ゴドーさんっ!」
 せめて、二年目は成歩堂が頑張って手作りチョコをプレゼントする、なんてレベルで留まってくれないか―――と抵抗の甲斐なくずるずるテーブルへ引き摺られながら思ったものの。
 二年目で『これ』ならば、来年はどんなバレンタインになるのかという恐ろしい想像から必死に気を逸らしている成歩堂だった。