The grapes of wrath:1
ある程度法曹界に携わった者なら。巌徒の名は勿論、巌徒が有する権力を認識しており。
もう少し、法曹界の闇の部分へ足を突っ込めば。その力の強大さと絶対的堅固さを、まず感じ。
迎合するか、媚びるか、忌避するか、反発するか。対応如何で、『その先』が決まる。
といっても。己の選択がどういう結果を招くのかを知るのは、全てが終わった後。決して取り返しはつかない。故に巌徒と関わりを持ちたい、持たざるを得ない人々は過去の事例を事前調査して対策を講じるのが『常識』。
それすら気付けない者は、真っ先に淘汰される。
故に『それ』を目撃した者達は、純粋に驚いた。
え、正気?―――と。
成歩堂は、巌徒の最愛。
その事実を知るのは、限られている。知っていても無闇に周囲へ話さない人間と。知っていても周囲に話せない人間。
成歩堂と親密な関係になった事を、巌徒は成歩堂の希望も汲んで公にはしなかった。といっても、徹底的に隠した訳でもない。隠匿レベルは5段階で評価すると3。興味と力がなければ取得できないが、あれば可能。
ここで巌徒にしては温い、とか。大切ならもっと徹底的に隠すべきでは、と思う者は巌徒の周辺にいない。直斗を始めとして数多くの情報を扱う彼らは、だからこそ完璧な隠蔽など絵空事だと理解している。
適切な防波堤を設け。それを越えてきたモノを撃退するのが、最も効率よく。ひいては高度な防御が可能になるのだ。
実際、成歩堂を巌徒の弱点とみなしてここぞとばかりちょっかいをかけてきた輩はいた。数こそ少ないものの質の悪いそれらを、巌徒は完膚無きまで叩き潰し。成歩堂へ手を出すとどうなるか、無惨な末路を晒して広く見せしめにした。
「そういえば、新しい検事局長に会いましたー?」
巌徒の恐怖政治を咎める所か、爽やかに笑って油を注ぐ事もある直斗が、ふと書類に走らせていたペンを止めて尋ねた。2日前に着任した検事局長が顔見せに来た時、巌徒は出張中で、その後直斗は裁判が入っていてここには来なかったのである。
「ン? ああ、室町サンとは挨拶だけしたヨ」
書類から顔も上げずに答える巌徒。その様子から、直斗は実に様々な事を読み取った。着任の情報が届いた際、通常手続きのごとく室町の調査をした。野心溢れる、そして目的の為には手段を選ばない、ありがちなタイプ。
それだけなら逆に扱い易い相手がきた、と微笑む所だが。1つだけ、気懸かりな点があった。
巌徒はどう思っているのだろうと伺ってみたのだけれど、『待機』の構え。成歩堂に関しては特に抜かりがない巌徒故、直斗も倣えばいいようだ。
「そうですか。じゃ、雑談は止めにして仕事に戻ります」
最後に、目も口角も表情も清廉な笑顔そのものなのに、どういう訳か背中が寒くなる。言い方を変えれば、自然すぎて胡散臭い―――もしくは胡散臭すぎて自然に見えるキラキラを振りまいて仕事を再開した。
「ソレ、急ぎじゃないでしょ。先に検事局へ行ってくれば?」
しかし鋭く、細かく、かつ一般人なら悪寒で震える事間違いなしのほんのり黒オーラを漂わせながら指摘する。
「打ち合わせは1時間後にずれたんですよ。なので、その分やって行きます」
一般人から程遠い直斗は、巌徒の含みも嫌味もさらっとサクッと流して白い歯を輝かせた。
「チッ」
巌徒が舌打ちし、机の上の黒い機械を一瞥した。
普段は様々な煩瑣を避けるべく、巌徒から呼び出されない限り警察局に近寄らない直斗が、理由をこじつけて局長室へ居座り。
使えるモノはとことん使い、あまりよろしくないニュアンスでお気に入りな直斗には見掛ける度仕事を押し付ける巌徒が、さっさと追い払おうとする訳は決まり切っている。
コンコン―――。
「・・・失礼します。あ、直斗さん。こんにちは」
どこか遠慮がちなノックの後に姿を覗かせたのは、現在法曹界において比類なき影響力を誇る巌徒海慈警察局長が、唯一溺愛する人物―――成歩堂。
「いらっしゃい、ナルホドちゃん」
「成歩堂くん、こんにちはー。会えて嬉しいよ」
「はは、ありがとうございます。えーと、お話中なら出直しますけど・・」
巌徒と直斗に歓迎されたにもかかわらず、成歩堂は眉尻を少し下げ、おずおずと申し出た。この時間は空き時間だから来て欲しいと呼び付けたのは、巌徒の方。しかしながら、巌徒の立場なら急遽仕事が舞い込むのも当然の事で。邪魔になってはいけないと、謙虚に判断したのだろう。
『ナルの為に、黒くなった巌徒さんと直斗さん。周囲まで黒く染めて…。最後には、巌ナルでいちゃラブ』。この素敵リクを、どこまで消化できるのでしょうか(汗)
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