whenever:2
海千山千、法曹界の妖怪だと恐れられている巌徒に、成歩堂が論争で叶う筈もない。パクパクと何事かをツッコもうとして、結局言えず仕舞いで一端口を閉じ。
表情を改めて、巌徒の双眸と見合った。
「気遣ってくれて、ありがとうございます。でも、大丈夫です。これが、僕の仕事ですから」
凹んでいたのを巌徒の前で認めるにも、多大な勇気が必要で。更に、己の未熟さを痛感しなければならなかったが、きちんと『真実』を告げる。
「分かってる。ボクが、愛しいナルホドちゃんをハグしたいだけ」
巌徒もまた細かい事は全部すっ飛ばして、『本当の所』を吐露した。えええー、と成歩堂の眉がへたる。嘘ではないだろうけれど、真実ともちょっと違う。
「なら、膝に乗らなくても・・」
「ナルホドちゃんと、べったりくっつきたいんだ」
足掻いた成歩堂だったが、そこまで言われると拒絶し続けるのもまた、子供っぽく感じられる。
どちらにせよ、決まり悪くて。
情けない所を晒すのは、躊躇いがあって。
だが。
こんな姿を見せられるのは、巌徒しかいない。
矛盾と葛藤。ジレンマに陥る成歩堂を動かしたのは、次の一言。
「僕だって『裏』の顔、見せたでショ? ナルホドちゃんに隠し事されると、淋しいナー」
「巌徒さん・・・」
隠すとか、そういう問題ではないと承知の上で攻め込んでくる。もう、色々な意味で完敗だ。
「うう・・失礼します」
膝、巌徒の顔、見ていられなくてまた膝、と忙しく視線を動かし。深く息を吸い。顔を真っ赤にして、オズオズモゾモゾと移動する。年齢にそぐわない逞しく張った太腿の上へ。
巌徒に背を向ける形で腰掛けた成歩堂を、巌徒は向きは変えないもののぴったりと引き付け、腕の中へ収めた。俯いて頑なに表情を見せないようにしている成歩堂の首や耳は真っ赤に染まっており、言葉よりも雄弁に気持ちを語っている。
成歩堂とは比べものにならない位、残酷な真実を目の当たりにした巌徒は、しかし押し潰される事なく、逆に己の昏い血に取り込んで闇を濃く複雑なものにしてきた。
成歩堂の躓きや戸惑いや苦悩は、巌徒からすると哄笑してもおかしくない、ちっぽけなモノだろう。
でも、巌徒は笑ったりせずにこうして成歩堂を抱き締め。
「いつだって先に進もうとするナルホドちゃんが、大好きだヨ」
聞いてしまったら、どんなに場違いで不謹慎だとしても嬉しさが込み上げてくるのを抑えられない言葉をくれる。廻した腕の力強さで、旋毛や蟀谷や項に落とされるキスで、触れ合った身体の温もりで、成歩堂の心を深淵から掬い上げてくれる。
「・・・嬉しいです・・でもそれ以上は、言わないで下さい・・」
火照りがひどくて、憤死しそうだから。
それこそ孫並のひよっこである自分が、これ程までに慈しまれる理由は未だに納得しきれない。巌徒は『ナルホドちゃんといると、悪いコトをしないでいられるんだ』なんて言うけれど、『そんなに悪い事をしてきたんですか!?』とは怖くてツッコめないでいる。
巌徒の支えになっている実感は少ないが、巌徒の笑みは段々柔らかくなってきたし、反比例して巌徒命名の『黒い血』が騒ぐ回数は減っているみたいだし、派生して椎木始め巌徒邸の面々が日に日に生き生きしてくるから、ほんのちょっぴりなら自惚れていいのかもしれない。
そう、こうして膝に抱かれる事を己に許す位には。
「巌徒さん・・」
「ヨシヨシ」
躊躇いがちに身体の力を抜くと、優しい手付きで髪を撫でられる。
孫どころか、まるっきり赤ん坊扱い。成歩堂の眉がますますへたれたものの、皮膚を通して伝わる他人の鼓動と頭へモタラされる規則正しいリズムは、張り詰めた精神も和らげていき。
この上ない安心感の中、穏やかな眠りへ導かれた。
また、『真実』の鋭く無慈悲な一面に挫ける事があっても。何度だって、立ち上がれる気がした。
そんなに辛いのなら止めてしまえとただ庇護し、甘やかすのではなく。
立ち向かう為の力を分けてくれる人が、傍らにいてくれるのなら。
だが、数時間後。現金なもので、空腹の為に目覚めた成歩堂は。
よりよい安眠をと、ソファからベッドへ移してくれ。
寝間着に着替えさせてくれ。
でも、巌徒の腕の中に抱かれていて。
隣の部屋には保温器まで駆使した、夜中に食べても消化が良い温かい食事が用意されており。
場所を移動した巌徒がニッコリ膝を指し示し。もう片手で、成歩堂に手ずから食べさせようとスプーンを取り上げるに至って。
『メッチャ甘やかされてるぅぅっ!』とセルフでツッコんだ。