whenever:1
成歩堂が追求し、導き出すのは真実。
それはどんな目に遭っても、曲げるつもりはないけれど。
大変な努力を払って見付けた真実が、成歩堂を打ちのめす事もしばしばある。
真実とは、大概が厳しく。中には、隠蔽されていた時よりも凄惨な結末を迎えたりもするのだ。
だけど、真相を明らかにしない方が良かったとは思わない。いや、思ってはならない。
故に成歩堂は、最後まで毅然とした態度を取り続け。法廷を出てからも、信念に裏打ちされた行いをしただけという表情を保った。
虚勢が張れたのも、洋館の自室へ辿り着くまで。夕食の時間を訪ねてくる椎木に、今日は先に一眠りしたいから軽食を隣の部屋に置いてくれないかと頼み、寝室へ引き籠もった。
単に寝不足を解消したいだけだから、巌徒にご注進しないように先手を打ってお願いするのを忘れないで。
背広を脱ぎ。ネクタイを外し。最低限の装備を解いただけでソファへ座り、見るともなしに天井に描かれた絵を眺める。
『あれ、あんな模様だったっけ?』
始めはたわいない思考だったのが、あっという間に重く鈍色をした真実へと意識が引き戻され。大きな窓が黄昏から漆黒へ彩りを変えるのも気付かないまま、混沌としたスパイラルへ落ちていった。
「ナルホドちゃん」
その声はひっそりと発せられ。するりと成歩堂の耳へ入り込んだ為、それが幻聴でないとすぐには判断できなかった。
「え・・? あ、巌徒さんっ!?」
何気なく顔を巡らせて、薄暗がりに佇む巌徒を見出した時も幻かと思わず2・3度瞬き。それから、慌てて立ち上がる。
「ただいま」
「お、お帰りなさい。すみません、ボケっとしてて。えーと・・今日は早く帰れたんですね。お疲れさまです」
必死に『日常』へ戻り、かつ巌徒を心配させないように取り繕う成歩堂。
「まァまァ」
成歩堂の肩を黒革なしの手でポンポンと叩き、巌徒は再度ソファへ座らせた。寄り添って自分も腰掛け、ポンポンと―――腿を叩く。
「ナルホドちゃん、おいで?」
「へ? え?」
何処に?と聞き返す程、鈍くはない。けれど、敢えて質問したかった。問いかけて、またまた冗談をーとスルーしたかった。
「さァ、早く。ココにおいでヨ」
「いやいやいや・・・」
巌徒は冗談にせず、スルーもさせず、先刻より大きな音を立てて成歩堂を誘った。
膝の上に。
トンガリが乱れる程、頭を振る。巌徒の膝に乗った事がないとは言わないけれど、ほぼ100%、『乗せられた』のであり、成歩堂からよじ登った訳ではない。
単純に、そんな恥ずかしい真似は無理だと意思表示し。加えて、断わられる事を知っていながら誘った巌徒の意図を悟って、どうピンチから逃れようかと時間稼ぎをする。
普段より、早く帰宅したのも。
照明もつけず暗がりでぼんやりしていたのを、問い質さないのも。
大袈裟なスキンシップを取ろうとしているのも。
巌徒は、裁判の顛末を聞き及んだのだろう。そして、元気付けようとしてくれているのに違いない。
嬉しい。そこまで気にかけてくれるのは。
しかし、慰められるべき事ではないのだ。どんなにキツかろうと真正面から向き合い、受け止め、昇華しなければならない。
そういう仕事を、自分で選んだのだから。
「20歳をとうに越えた大人が、膝抱っこされるのはどうかと・・」
想いだけを感謝して心の中へ仕舞い、成歩堂は何とか笑みらしきモノを浮かべた。
譲れない一線を尊重してほしいと考える事自体が、既に甘えかもしれないけれど。見抜かれた時点で、脆い仮面は役割を失ったけれど。
「ボクは還暦を過ぎてるヨ? 孫を抱っこするようなものだと思えばいいんじゃナイ?」
「待った! 孫じゃないですっ」
うっかり計算してしまい、数字上では可能性がある事に気付いて冷や汗を掻く。
巌徒は少しも動じる様子もなく、ニコリと磊落に笑った。
「ウン。ボクの大切な恋人だよネ。なら、やっぱりおいで」
「・・・・・」