先手必勝:3





 ………これまでは。
 調教好きの御剣に仕込まれてピン☆ロのお姉さんにも引けを取らないテクと経験を、望んでもいないのに積んでしまった成歩堂だが。いつもバレない程度に手抜きをして、その熟練振りを披露した事はなかった。
 しかし今日ばかりは、例外だ。出血大サービスだ。
 御剣は『ご無沙汰だった成歩堂がすっかりソノ気になっている』と思い込んでいるから、今回成歩堂がどんな技巧を繰り出したかなんて覚えていまい。
 いや、記憶を吹っ飛ばす位、スペシャルなのをお見舞いしてやろう。
 御剣が成歩堂の策略に勘付いた徴候は、欠片もない。理性と思考と冷静さを吸い取る為に成歩堂が本気を出しているのだから、当然と言えば当然。
「…もう、充分だ…」
 御剣の言葉と荒い呼吸、何よりも口に含んだ存在の猛り具合から御剣の臨界点を正確に測る。
 後、およそ30秒。
 ぐい、と後ろ髪を掴む御剣の手が、引っ張り上げるようなベクトルを働かせたが、ここで顔を上げたら、水の泡。計画は台無しになるし、最悪、このまま突っ込まれてしまう。
 故に、御剣の手から力が抜けてしまうような極め付けのディープスロートを続けざまに施した。
「なる、ほ……っ…」
 顎が外れそうな位、御剣の怒張が容積を増す。
「…っっ!」
 次の瞬間、喉奥に灼熱の飛沫が叩き付けられた。
 濃度の濃さと粘りと勢いに、成歩堂も刹那だけ目を閉じ固まる。だがすぐに立ち直って込み上げる嘔吐感を堪えつつ、御剣の断続的な痙攣をなぞって唇を窄ませ、性急になりすぎない速度で結合を解いていった。
 男が最も無防備になるのは、射精時。
 眉間に違う意味をもった皺を刻んで目蓋を閉じているのをいい事に、御剣が知らぬ間に脱がしたスラックスと下着を拾い上げ。
 立ち上がるのと同時に、執務机の後ろにポイ、と放る。
「……成歩堂?」
 御剣が目を開いた時は、服は机の後ろに着地した所。そして口を軽く拭って残滓がついていない事を確かめた成歩堂が、鞄を持って扉の鍵を開けた所だった。
「貴様、どこに行くつもりだ!?」
 吐精直後なのに、敏捷に反応できたのは流石ではあったが。
「下、穿いた方がいいんじゃない?」
「な、何っ!?」
 成歩堂の指摘で、己の情けない格好にようやく気付き狼狽も露わに周囲を見回す。
 そのチャンスを逃す成歩堂ではない。万が一廊下に人がいたとしても内部が見えないように細く開けた扉から抜け出し、最後の挨拶を投げた。
「少しは、落ち着いただろ? 続きは、また今度な。仕事が全部片付いたら、お前ん家に行くよ」
「待て、成歩堂!逃げるなっ」
 扉が閉まる寸前、御剣の叱責が聞こえてきたけれど。
 綺麗に、スルー。
 いくら御剣が変態検事といえど、下半身を露出させたまま追い掛けてくる事はない。着替えのタイムラグが、成歩堂に味方する。
 足早に検事局を出た成歩堂は。障害を乗り越えてゲットした書類を鞄へ恭しく仕舞いながら、遅れたスケジュールを補完すべくタクシーに乗り込んだ。
 贅沢だが、こちらも『背に腹は代えられない』。




 上級検事で高給取りでブルジョアの御剣には、無縁でも。
 成歩堂は、月末までの支払いをいろいろ抱えている。事務所の財政事情は、とにかく成歩堂が働かないと凌げない。
 それに弁護士という仕事が好きで、誇りも持っているから、疎かにするなんて言語道断。
 御剣の飢餓より、依頼人を優先する。
 今日の戯れ言のように、御剣は時折『私が養ってやろう→側に居ろ』とのニュアンスを匂わせるけれど。
 本気度が50%を越えた時点で、バックハンドで殴ってやろうと堅く誓っている。
 何の因果か、抱かれる方でも。
 何回抱かれたって、成歩堂は男だ。囲われるなんて、真っ平御免。
 女性役をやるのはよくて、世話になるのがNGとは矛盾を指摘されるかもしれない。
 しかし。
 御剣の事が好きだから、受け身に甘んじても。
 御剣の事が好きだから、対等でいたいのだ。
 親友・ライバル・恋人。
 成歩堂は、どれ一つとして諦めるつもりはない。
 御剣は全て一つに引っくるめて貰い受けたいのだと、宣う。
 だが、成歩堂の仕事への情熱より自分の情欲を押し通そうとする辺り、御剣こそ矛盾していると異議を唱えたい。
「御剣の、バカ…」
 運転手に聞こえない音量で、暴走しっぱなしの恋人へ文句を言う。
 口淫をした時に、あんな体勢になったのだって。やりやすいという事はあるものの、一番の理由は、ガードの仕方次第で御剣が成歩堂の頭しか触れない為。
 下手に刺激されたら、成歩堂が我慢しきれなくなる可能性が発生してしまう。
 会えない日が続いて。恋人とのスキンシップが不足していたのは、成歩堂も同じ。
 抱き締められれば、堅い信念が揺らぐ位には御剣の割合は大きくて。
 だからこそ、一日でも一時間でも早くケリをつけようと必死だったのに。
 御剣は、多少なりともすっきりしただろうが。成歩堂の方は中途半端に終わった愛撫と、口腔内への刺激が後を引いて、結構辛い状態になっている。
 内側に灯った焔は、御剣に会うまで消えない。
 たった一人、御剣だけが鎮められる。
 『責任は、タクシー代を含めて、きっちり取ってもらうからな』
 決意を固め。
 ふう、と何十分の一でも熱を逃すかのごとく、長い溜息をついて。
 成歩堂は気持ちを切り替えるべく、赤いネクタイをきっちり締め直した。





黒ナルになりきれていないし、再逆転されているような気も…。さるのすけさま、やっぱりダメダメでした(泣)