千載一遇:2





 綾里千尋法律事務所の所長である千尋は、星影法律事務所から独立してから1年後、1人の新人弁護士を雇い入れた。
 それが、成歩堂である。まだまだ未熟なヒヨッコだったが、どこまでも真っ直ぐな所といい、親友を救うという目的に一所懸命な所といい、千尋への敬慕も露わにパタパタと素直についてくる所といい。
 大切に育てたいと思うのは勿論、保護欲だの母性本能だのをいたく掻き立てられ、胸の谷間に挟んで持ち歩きたい位に可愛がっていた。
 しかし、成歩堂を気に入ったのは千尋だけではなかったのである。星影法律事務所での先輩であり、独立してからも何かと面倒をみてくれていた神乃木もまた、バリバリのノンケだった筈なのに、成歩堂を紹介した瞬間からターゲットロックオン☆モードになり、コネコを食べようと付け狙う狼と化してしまったのだ。
 弁護士としては尊敬しているし、恩義も感じているけれども、それとこれとは全く!完全に!話が別。常に目を光らせて神乃木を撃退してきた千尋だったが、どうしても一日出張しなければならない仕事が入り。
「頼りないかもしれませんが、頑張って事務所をお預かりしますよ?」
 と張り切る成歩堂を前に、心配なのは成歩堂くんの貞操よ!と内心で拳を振り上げていた。
 不幸中の幸いというか、千尋の出張の日は、神乃木と直斗の裁判が重なっていて。これなら、徹底的にひた隠しにしていた出張の件が神乃木の耳に入ったとしても、裁判をさぼって事務所を訪れる事はないだろうと多少は安堵したのだが。(そんな事をしたら、間違いなく成歩堂に嫌われるから)
 神乃木はそんな素振りを一切見せなかったが、しっかり出張の情報を入手しており、策を巡らせていたのだ。午前中の公判はごく自然に、というより直斗との丁々発止プラス一般人には意味不明の掛合漫才を繰り広げ。
 午後も開廷5分前に現れ、引き続き担当すると思わせておいて。いざ開廷の段になると忽然と姿を消し、しかも裁判長には事前に弁護人変更の申請をしており。
 直斗が神乃木の作戦に気づいた時には、裁判は開廷されていた。
 しかし、千尋と直斗もまた、神乃木対抗策は予め用意してあった。怒濤の進行で僅か30分で結審させ。後処理をやはり事前申請してあった別の検事に任せ、兄の恭介にPCを出動させて事務所へ駆けつけた。
 千尋から事前に事務所の鍵を渡されていたものの、過去に竹刀を手にした千尋に『教育的指導』をされて以来、千尋を『姐さん』と呼ぶ直斗が千尋から信頼されているかといえば、NOだ。
 神乃木同様、『私の可愛い成歩堂くんに纏わりつく、ぷちっと潰したい虫』としてのレッテルを目出度く張られている。
 今回ストッパーに任命されたのは、『毒をもって毒を制す』という考えに他ならない。
「成歩堂くんに万が一の事が起こっても、成歩堂くんに手を出しても、生きて日の目は拝めないと思って下さって結構ですよ?」
 敬語を使用していても、『テメェ分かってんだろうなぁ、ゴラァ』という真実の声は二重放送された。
「今回は。手を出さないと誓うよ〜☆」
 神乃木より絡め手を得意とする直斗は、千尋に全面協力を申し出ながらもちゃっかり抜け道は残しておいて、テンガロンハットを胸に敬礼してみせた。




 なので、『今回に限り』成歩堂を魔の手から救い出す正義のヒーローに徹しようと思っていたのに。
 うっかり神乃木と同列の悪い狼になる所だった。
 空恐ろしい成歩堂のチャームである。
 千尋の『教育的指導』を脳裏に蘇らせて頭を冷やし、直斗は殊更優しい声音を作った。
「さ、ケダモノは放っておいて、アッチ行こうね。ケーキ、買ってきたんだ」
 成歩堂の肩を抱いて仮眠室から出ながら、ちら、と冷ややかな視線をベッドの上で胡座をかいている神乃木へ流す。
「荘も、『落ち着いたら』来いよ」
「クッ・・虚しいぜ・・」
 かなり情感溢れるコメントを残し、神乃木はのっそりトイレへと姿を消した。




 しばらく後。神乃木が応接室へ戻ってくると、直斗の手により身支度を整えた成歩堂は、先程の出来事など忘れたかのように満面の笑顔でケーキを頬張っていた。
「あんまり甘くないの、残しておきましたけど」
 いかがです?、と見上げる瞳から神乃木への思慕やら好意が失われていないのは、喜ぶべきなのだろうが。そんな生温いものではなく、己と同じ狂おしい恋情で染め上げたい神乃木は、少々複雑な気分に陥ってしまう。
 あらゆる意味で、手強いコネコだ。
 だからこそ惹かれているとも言える。
 神乃木は、直斗が座っているのと反対側にドサリと座り。顎をすくい上げて、唇の端ぎりぎりへ舌をペロ、と這わした。
「荘!」
「か、神乃木先輩っ!」
 片やきつい咎め、片やただただビックリしている叫びを受け流し、神乃木の腕が成歩堂の肩を抱く。
「クッ・・今日の所は、味見で勘弁してやるよ。コネコちゃん」
 折角のチャンスを逃がした事は残念だが、諦めるつもりがない故に、今だけはネンネなコネコのままでいさせてやる、との意を言外に込めてからかう。
 しかし、直斗はともかく、やはり成歩堂には通用しなかった。
「いやいやいや、ちゃんと神乃木先輩の分はとってありますから、どうぞ?」
 食べ滓をイタリアンな神乃木らしい気障なやり方で取ってくれただけだと解釈した成歩堂に、赤い顔のままケーキの箱をズイと出され。
 神乃木は高々と笑った。
「コネコの誘惑には逆らわない。それがオレのルールだぜ!」
「そこ! ベイビーに分からないように、際どいコト言うんじゃないの! 姐さんに言いつけちゃうよ?」
 すかさず、直斗から鋭いツッコミが飛び。
 後はいつもの通り、成歩堂を間に挟んでの神乃木と直斗の本気だか冗談だか微妙な線引きのやり取りが繰り広げられたのである。
                                          


今回は、最終的に千尋さんの勝利(笑) 笹乃葉さま、美味しいリクをありがとうございますv