千載一遇:1





「や・・っ・・神、乃・・先・・っ」
「クッ・・コネコちゃん、そんなイヤがり方は逆効果だぜ?」
「ちょ、ま、どこ触ってんですかっ!」
「この腰つき、堪んねぇなぁ・・」
「う、わっ・・撫で廻さないで下さいっ!」
「いいから、俺に身を委ねちゃいな」
「委ねられませんし、重いですって! 何で上に乗っかるんです!?」
「この期に及んでトボけるコネコちゃん、嫌いじゃないぜ!」
「トボケるも何も、仕事中ですよ! 事務所ですし!」
「仕事は後で俺が仕上げるし、せめてもの情けに仮眠室に移動しただろう?」
「情けって!」
「ああ、『お情け頂戴』は俺が言った方がイイのかィ?」
「いやいやいや、ホントに何の事か分かりませんから! ひ、ぁ・・!」
 有り得ない近さに寄ってきた神乃木の顔を避けたが、思い切り耳を舐め上げられて、成歩堂はひっくり返った声を上げた。己の甲高い叫びに吃驚したが、何故か神乃木も一瞬動きを止めたので、これ幸いとのし掛かる身体の下から抜け出そうとしたものの。
「へぇ・・コネコちゃんはそんな風に啼くのかィ。ますますそそられるなぁ」
 神乃木のトーンは更に低くなり、あっさり引き戻された身体はすっぽりと神乃木に拘束され。未だ状況が把握しきれないながらも、成歩堂は危機感だけははっきり察知した。
「へ? ベルト外してどうするんです? ぎゃぁぁっ! 何てトコに手を突っ込むんですかーっ」
 想像もしなかった所に神乃木の手が忍び込んできたので、成歩堂はそれまで以上にジタバタと暴れた。
「まーる。ホントにイヤなら、殴ってでも蹴ってでも押し退けろよ」
「・・神乃木、先輩・・」
 カリ、と耳朶を噛んだ後の言葉に、その旋律の思いがけない真摯さに、成歩堂の抵抗もふっと抜ける。
「アンタは本気でイヤがってないだろう? そして、俺は今日、本気でコネコちゃんをいただいちゃうぜ?」
 眼光はあくまで狙った獲物を金縛る鋭さで。しかし声音は聴覚から成歩堂を宥めてアヤして操るような、甘さと艶と色気をたっぷりと含んでいた。
 すっかり呑まれた成歩堂は、瞬きもせずに、指一本も動かせないまま近付いてくる神乃木の浅黒く精悍な顔を見上げるしかない。
 もう1センチで唇と唇が重なる、その時―――。
 バターン!
 仮眠室の扉が、大音声と共に開けられた。
「ベイビーが嫌がってないのは、単に優しいからに決まってんだろ!」
 颯爽と現れたのは、テンガロンハットを粋に被った罪門直斗。
「それから、ベイビーを荘の毒牙にかける事は、この俺が許しません!」
 突然登場した直斗は、その引き締まった細身からは想像できない怪力で、神乃木の身体を成歩堂から引き剥がした。
「チッ・・イイ所で邪魔するんじゃねぇよ、直斗」
 あっという間に奪われ、直斗の腕の中へ移動した成歩堂を名残惜しげに見ながら、神乃木が獰猛に唸る。
「当然、永遠に邪魔するよ! 成歩堂くんとイイ事をするのは、俺だからね」
 何故か妙に爽やかに宣言すると、
「大丈夫だった? ベイビーに印象づける劇的な演出を狙ったにしても、ちょっと遅かったかな? でももう、安心して。後できっちり消毒してあげるし☆ ・・・って、『今すぐ』に変更したくなっちゃったよ」
 いろいろなショックに見舞われていなければ、ツッコミ必至の台詞を何気にホザいた直斗は。被害を確かめようと改めて成歩堂を見下ろした途端、声質を微妙に変化させた。
 ネクタイはなく、一つだけ残してシャツのボタンは外され。スラックスのジッパーも全開で、縦目の形良い臍が覗いている。
 いつもなら一糸乱れず整えられているツンツンも、崩れて幾筋かが額や頬へ流れ。紅潮した肌や、潤んで見開かれた真ん丸な双眸。キスしてくれと言わんばかりにうっすら開いた花弁と相俟って、無意識で無防備なだけにやたらとエロい姿だったのだ。
 これでは、中途半端で獲物を取り上げられた神乃木が欲求不満に呻くのも無理はないし。直斗が本来の目的を忘れて第二の獣になるのも、許されるのではなかろうか。
「直斗、さん?」
「・・おっと、イケナイイケナイ。姐さんの竹刀の露と消える所だったよ」
 いつも陽気で涼やかな光を湛えている直斗の瞳が、神乃木と酷似した不穏さでギラついたのを不思議に思った成歩堂が呼び掛ければ。一度の瞬きで直斗はそれを綺麗に拭い去った。
「やっぱり千尋か。クッ・・鍵をかけた位で安心するんじゃなかったぜ」
 一方神乃木は苦々しく、鬣のような黒髪を掻き毟った。とにかく既成事実を、と考えて移動する時間も惜しんで事務所を選んだのだが、今回ばかりは作戦が裏目に出てしまった。成歩堂を捕獲したら、直斗も千尋も捜索できない場所に連れ込むのが正解だったらしい。
「ちゃんと、姐さんから合い鍵を預かってたよん☆」
 神乃木の陰謀を見事阻止した直斗は、誇らしげに鍵を掲げて見せた。
 その背後に千尋の美しくも迫力満点の笑顔が見えるようで、神乃木の肩ががっくり落ちた。
                                          


セクハラが妙に似合う神乃木先輩 VS 微妙に黒い直斗さん(笑)