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*注:こちらは「V〜貌の無い月〜」に掲載した「Schicksal」という話の後日談になります。リクエストにより、吸血鬼のゴドさんとくっつく方向で続きを書いております。本をお持ちでない方には不親切な話になってしまう事を、お詫び致します。そして興味を持たれた方は、ご購入下さると嬉しいです(笑)*
「うーん、見分けがつかない・・」
成歩堂は両手に持った草を、代わる代わる見比べた。薬草と毒草が似ているから気を付けろと神乃木に注意されていたが、どうにも判断できない。仕方なくその草だけは別の袋に纏めて入れておく事にする。
休憩も取らず薬草摘みをやっていたので、神乃木に頼まれていた量の倍近くは収穫できた。腰が痛いが、お世話になっているのだから少しは役に立たなければ。
首には赤いチョーカー。四肢と背中に、複雑でどこか神秘的な呪紋様が描かれている。
どれもこれも、対魔物の護符ばかり。『断絶』をした後、神乃木は不眠不休で成歩堂へゴドーを寄せ付けない措置を施し。また、同じブレイカーだという個性的な民族衣装を着た兄弟が数日後訪れて、三人がかりで術草だの防御の呪文だの護符だのを作ってくれた。
ゴドーはかなり高位の魔物らしく、それでも足りないとか。しかし予告通り満月の夜に成歩堂を迎えにきたゴドーも、神乃木や罪門兄弟達、ブレイカーの中でも特別ランクに名を連ねる術者で守りを固められては成歩堂に手出しはできず、散々愛の言葉を紡いでから闇へ溶けていった。
「・・・どうしてるかな」
三人の攻撃を受け流しながら、成歩堂だけを見つめて朗々たる旋律を昏冥に響かせたゴドー。真昼だから、あの広い広い城の寝室で眠っているのだろうか。
独りで。
どことなく淋しそうな朱い目を閉じて。
天敵と称されるブレイカーを前にして平然と、しかも気障に成歩堂をからかえる程、独特な雰囲気を有するゴドー。初めて出会った時も、その雰囲気が面白くて興味を持ち。段々親しくなっていく内に、時折ゴドーがとても虚ろな瞳をする事に気付いた。
男の成歩堂から見ても羨ましい程の美丈夫で、かなり裕福そうな生活をしていて、何一つ不自由ない筈なのに、どこか欠けているような印象を覚えた。
そんな痛そうな眼差しをしないで欲しいと感じたのが、おそらく始まり。
多分、好きになっていた。
だからこそ突然攫われて血を吸われるに留まらず、二週間もの長きに渡って身体を貪られても。ゴドーが吸血鬼である事を知っても。驚き、当惑はしたが、嫌悪や恐怖は欠片も生じなかった。
城にいた間はずっとゴドーに拘束の術をかけられていたと、神乃木は教えてくれたが。あんなに城から逃げ出すのが辛かったのは、まじないの所為だけではないかもしれない。腕の中に成歩堂がいる事を確かめてから眠りに落ちる時の、無防備なまで優しいゴドーの目付きが嬉しかったという気持ちも、後ろ髪を引いたのではなかろうか。
会いたい、などと思うのは、成歩堂の為に並々ならぬ労力を費やしてくれる神乃木達に対しても無礼な事だ。
特に、神乃木は。
対峙すべき相手が血の繋がった双子では、葛藤を感じない方が嘘だ。事実、ゴドーへの対抗策は防御ばかりで殲滅を目的にしたものではない。
神乃木の家に同居するようになって約一ヶ月だからブレイカーの仕事に詳しいとは言えないものの、それでもブレイカーの主たる目的は魔物の討伐である事位は窺い知れる。ゴドーが来たら神乃木はブレイカーとして、それから成歩堂を守る為に己の心を押し殺して戦わざるを得ない。
故にあの強くて哀しげな瞳を見たいとは考えず、ただ、ゴドーが内包している深い孤独が少しでも癒される事を祈る。
「・・・・・・」
精神を落ち着かせる作用があるという薬葉を手に、吐息だけでゴドーの名を綴る。
すると―――
「コネコちゃん」
「っっ!?」
あまりにも出来すぎたタイミングで、夜闇のベルベットのような声が降り、逞しい腕に包み込まれる。
成歩堂は、己の呟きに応えるかのような呼び掛けと。結界内で、新月で、真っ昼間にも関わらずゴドーが現れた事と。(だから、神乃木は成歩堂を1人で野原に送り出したのだ)それこそ全身魔物を排除する呪文で埋め尽くされているのに、ゴドーが触れてきた事と。
驚くべき点が多すぎて、数秒間リアクションが取れなかった。
「は、放して下さいっ!」
パチ、バチ、と弾けるような音と白い閃光が成歩堂の身体と接触している部分から幾つもあがるのを目前にして我に返り、激しく身を捩る。
護符を奪ったり術をかけるのを阻止する目的の防御呪文は、魔物が接触した瞬間に警告の攻撃を放ち、耐え難い苦痛を与える仕組みになっている。ゴドーを苦しめたくない成歩堂は抗ったのだが、ゴドーは解放するどころか反転させ、正面から改めてすっぽりと抱き竦めた。
「クッ・・会うなり放せとはつれない仕打ちだな、まるほどう」
「・・・っ!」
耳を甘噛みしながらの言葉に、成歩堂の肌が即、粟立つ。たった二週間といえど、ゴドーの声も指も、肌も体温も成歩堂の脳髄に刻み付けられるには充分で。ほんの少し記憶が甦っただけでも、奥深い所が疼く。成歩堂を支配し造り替えた本人は無論その反応を承知していて、背後の木に押さえ付け、長い手の届く範囲全てをねっとりと撫で始めた。
「ゴドーさんっ、ダメ、です・・術が・・っ・・」
懸命に押し退けようとした指先も軽く噛まれ、咎めが上擦ってしまう。目の裏でチカチカする光と、現実に網膜に映る閃光の区別が曖昧になってくる。
「チンケな術より、餓えの方が強烈だぜ・・」
ゴドーが仰け反らせた喉元へ吸い付き、丸い二つの噛み痕の代わりに、鮮やかで濃い鬱血を残す。一旦唇を離し、癒すように熱い舌で舐るその愛撫はあの夜と寸分違わず、血がどんどんと滾っていくのを成歩堂は克明に実感した。
「アンタの身体以上に美味いモンはないのさ。あぁ・・・喰っちまいてぇ」
歯の隙間から押し出すようにして漏らすと、ゴドーは顎先に噛み付いた。
「ひ・・ぁっ・・」
成歩堂が短く喉に詰まった悲鳴を上げたのは、痛かったからではない。ゴドーは常に強引だったが、牙を突き刺した瞬間でさえ成歩堂は全く苦痛を覚えなかった位、その触れ方は成歩堂を傷付けるものではなくて。
思わず呻いたのは、そんな愛咬でさえ悦楽の糸を爪弾いたから。
「せめてこっちの蜜だけでも、味わうとするかィ」
うっすらと叫んだ時のまま開いている口唇を、緩やかに舐め。
「まーる。俺を、見ろ」
ゴドーが低く、強く、命じた。