午前一時の恋人:2





 超常現象の類をまるっきり信じていない王泥喜は、桜の哀愁が移ったなんて思わないけれど。
「シンクロしているかどうかは、分かりませんが。成歩堂さんが、桜に紛れて消えるかもしれないとは思っちゃいました」
 多くの時間を共に過ごしても。
 成歩堂の事をどんな小さい事まで知っても。
 これ以上ない位、深く深く身体を繋げても。
 ふっと成歩堂を見失ってしまうような気がする。それこそ抗う事のできない『何か』に、成歩堂を奪われそうで、恐い。
 王泥喜の正直な告白に、成歩堂は揶揄なく笑った。
「王泥喜くんは、ロマンチストだねぇ…」
 身体を離すのではなく、少しだけ移動して王泥喜の瞳を覗き込む。
「僕はここにいるだろう?消えたりしないよ」
 周りでは、相変わらず桜の花びらが狂ったように舞い踊っていたが、もう王泥喜はそれらを認識していなかった。
 王泥喜の視界を占めているのは、心を埋め尽くしているのは、やっぱりこうして触れていてもどこか不安定な存在の、成歩堂だけ。
「確かめても、いいですか…?」
 不可思議な色合いの黒曜石に、王泥喜の姿が映っている。それがどんなに嬉しい事か、成歩堂は理解してくれているのだろうか。きっと、10分の1も届いていないかもしれない。
「花見は、もういいの?」
 けれど、くすくす笑う淫らがましい口唇に顔を近付けても拒まれない。
 仄かにグレープの薫りがする吐息を胸一杯に吸い、そっと薫りの元である口腔内へ舌を滑らせる。
 逃げも、迎えもしない成歩堂が切なさを加速させて、無我夢中で口付けを濃くする。
 逃げないのなら、捕まえて。
 迎えてくれないのなら、押し入ればいい。
 今、王泥喜にできる事全てで、成歩堂に対峙する。
 そうすれば。
「…っ…王泥、き…くん…」
 長い長い接吻に苦しくなったのか、成歩堂がやや強引に結合を解いた。どちらのものともつかぬ唾液で艶めいた花弁と同じく、双眸も確かに情欲の兆しで濡れていて。
「この続きは、家でね…」
 フェロモンを割増しさせた声が、耳元でほんの少しだけ甘く囁く。
 ………王泥喜が、がむしゃらに頑張れば。
 こうして、たまには成歩堂からのお誘いフラグだって、立ったりするのだ。




「……っ…っ、ぁ…」
 築20年のアパートでは、防音なんてないに等しい。
 成歩堂は、王泥喜の突き上げの度にあがる喘ぎを押し殺すのが常だった。
 バイクの次は、防音設備の整った部屋への引っ越しを計画している王泥喜ではあるが。
 特徴的な眉を切なげに寄せ、鼻に抜ける声を漏らし、もどかしそうに顰められた顔は、記憶を辿るだけでムスコが元気になってしまう位に色っぽくて。
 この表情が見られなくなるのは惜しいなと、どこまでいっても『若い』理由で脳内を沸かせるのが、王泥喜側の常。
「成歩堂さん…口、開けて下さい…」
 律動を止め、王泥喜は揃えた2本の指をちょっと無理矢理成歩堂の口へ潜り込ませた。
「んん……だ…」
 噛んでしまう事を心配してか熱い舌が押し戻す動きを見せたが、柔らかく蕩けた肉片を指で摘むと同時に、王泥喜は強く腰を入れた。
「〜〜っっ!」
 浅く、深く。深く、浅くスライドさせている内に、歯が立てられる事もあるけれど。
 異議を突き付ける方の指ではないし。
 成歩堂の唇を傷付けるのは、嫌だし。
 そして、どんな動きをすればどんな反応が返ってくるのか、指に加えられる力でも研究できる。
 そこまで王泥喜に余裕がある事はまだまだ少ないが、今夜は先刻の出来事で一部神経が凍り付いたままなのか、成歩堂の快楽と王泥喜の向上心を優先させられた。
 ずる…と淫靡な音をたてながら抜ける寸前まで退き、先端部分を成歩堂のポイントにあたるよう意識して、一気に限界まで突き進む。
「あっ…っ…」
 衝撃に成歩堂の背は撓み、唇がふわりと解けて上擦った喘ぎを放ったものの、己の声にすぐ我を取り戻して王泥喜の指に吸い付いた。
 時間と近所を憚って、大きな声は我慢してもらわなければならないのは承知しているのに。
 いつかは、成歩堂が官能に溺れて嬌声を抑えられなくなるスキルを身に付けたい。
 引っ越すのが先か。そんな野心達成が先か。
 やりたい事、やるべき事は沢山ある。
 しかしそれら全ては、成歩堂がいてこそ。
「なる、ほど…さ…ッ…」
 成歩堂の狭くてきつい肉襞が痙攣するような収縮をし始める頃には、王泥喜の僅かに残った思考だって灼ききれる。
 もうすぐ、何も考えられなくなってしまう。
 王泥喜は目一杯身を乗り出して、成歩堂の投げ出された手に自分のそれを重ねて絡み合わせた。
 成歩堂が消えるのを、防ごうとして。




 散っても。
 散らされても。
 桜本体が枯れない限り、翌年にはまた華は咲く。
 だからもし、成歩堂が消えてしまったとしても。
 王泥喜は何度でも、探し出すつもりだった。
 追って、見付けて、手を繋ぐ。
 そんな、成歩堂への消えたりしない想いが、王泥喜の心には息づいている。

                                          


王泥喜くんに、エールを送る話です(笑) ようやく、CPなオドナルを書けました。サラザさま。リクエストして下さり、ありがとうございますv