Rainfall:2
普段は勝ち気な成歩堂が責めもしないし、強情も張らない。
それが逆に不審を抱かせ、また不安を煽ったのだろう。
御剣は神妙な面持ちで近寄り、成歩堂の手だけをそっと取った。
「鋭意努力して、早期終了を心掛ける」
「うん………」
「電話やメールもする」
「うん……高いから、こっちからはしない」
「では、国際通話も可能な携帯を用意しよう」
「費用は、お前持ちだろうな?」
「無論」
「なら、もらってやる」
「……我慢できなくなったら、帰ってくる」
「また、チャーター便で?」
「ム……君に会えるのなら、費用は惜しまない」
「お前が金持ちでよかったよ」
成歩堂は、いつも通りの調子で茶化してみせたけれど。
瞳の奥の翳りや。
口の端に潜む儚さだとか。
握り合う手ではなく、服を掴む指先にこもった力だとかは残ったままだった。
今の御剣なら、口にした全ての約束を守るだろう事は、信じられた。
どんなに忙しくても。
どんなに疲れていても。
御剣と成歩堂の繋がりを切らないように、心掛けてくれる筈。
その事に関して、疑いはない。
『待っている』という成歩堂の言葉と気持ちに、裏がないのと同じで。
成歩堂のローテンションの原因は、もっと単純で根本的な事なのだ。
………また、御剣がいなくなってしまう。
今回は、行き先も分かっている。
連絡だって取れる。
どこにいるのか、どうしているのか。もしかして、本当に死んでいるのかもしれない、と悪夢に魘されて飛び起きる事はない。
だが御剣の温もりを、優しさを、御剣の腕に包まれる安心感を知ってしまった今では、別離から湧き出る痛惜は想像を絶するだろう。
「あんまり放っておくと、浮気するかもな」
「成歩堂! そのようなアレは困る!」
ちょっとした意趣返しと、ある目的の為にそんな台詞を投げ付けると、慌てた御剣にきつく抱き締められる。
御剣としては成歩堂がわざと言っているとは勘付いていても、聞き流す事はできないのだ。
「お願いだから、心変わりしないでくれ」
「………うん」
御剣の抱擁は苦しい位の強さだったが、これでもう、狙い通り表情を繕う必要がない。成歩堂は逆らう事なく肩口に顔を埋め、何度も頷いた。
好きだから。
浮気なんてしないし。
バカの一つ覚えみたいに、何度置いていかれても、いつまでだって待っている。
ああ。
ただ好きなだけなのに、どうしてこんなにも切ないのだろう。
行かないで。
側に居て。
『待っている』と同じ、たった五文字。
それが素直に言えたのなら、何かが変わったのだろうか。
けれど、成歩堂は決して口にはできないし。
天変地異が起こって告げてしまったとしても、きっと結末は同じ事。
男が泣いて良いのは、全てが終わった時だけだと教えられた。
それならば、きっとこれからも出会いと別れを繰り返すに違いない成歩堂は、いつまでたっても泣けない。
流される事のない涙は、成歩堂の内に降り注がれ。
積もり。
いつか成歩堂は、その涙で溺れてしまう日が来るのではないかと、ぼんやり考える事がある。
御剣への想いの分だけ、涙は次から次へと湧いてくる。
告げられない言葉と共に。
成歩堂は、そっと祈る。
誰よりも近くて、誰よりも遠い恋人の腕の中で。
いつまでも、待っているから。
『帰ってきて』
願わくは。
成歩堂が、涙の海で溺れる前に。
ぴしゃん、と、どこかで水の跳ねる音がした。
ナルの分まで、管理人が泣きます…。狼一さま、リクを履き違えた話で申し訳ございません(号泣)
|
前ページ |
|
Back |