ひみつの melting kiss :2
そして―――。
「でも、ぼくは『ここ』が一番きもちいいよ」
『母』の記憶がない成歩堂にとっては、どこよりも安らげるのは、何からも守ってくれるのは、神乃木の腕の中。ただただ心のままに告げられた、真実。
「まるほどう・・」
飾らないからこそ、それは真っ直ぐ神乃木の心を貫いた。
神乃木は込み上げる歓喜と衝動と戦慄が溢れ出してしまわぬよう、廻した腕に力を入れた。素直で純粋な成歩堂は、今の一言がどれ程神乃木を喜ばせるかなんて、これっぽっちも考えていない。
「俺もコネコちゃんと居る時が、イチバン幸せだぜ!」
この場で衆人環視など気にせずメチャクチャに愛するのは、寸前で思い留まったが。無駄にフェロモンを増した低音で耳元へ囁き。
暗闇に紛れて、餅以上にふくよかで弾力のある耳朶へ軽く歯を立てた。
水槽の水が煮立ってしまいそうな程、甘ったるくて熱い空気を発生させていた二人がようやく順路に戻った時。
成歩堂が、ふと壁一面に貼られたポスターを見遣った。
「いるかさんと、きすしてみませんか・・?」
辿々しいが、子供向けに平仮名ばかりで書かれていたので成歩堂にも全て読み上げる事ができる。くるん、と円らな双眸が煌めいた。
「パパ、これ楽しそうだね。行っていい?」
「!?」
その瞬間、ピキリと神乃木の表情が凍り付いた。ギギギ、と錆び付いた効果音まで聞こえてきそうな動きで成歩堂、ポスター、成歩堂と交互に凝視し―――
「パパ?」
「・・・・・」
おもむろに成歩堂を抱っこすると、成歩堂の問い掛けに答えないまま長い脚を存分に活かしたスライドで歩き出した。
しばらくして神乃木が止まったのは、深海魚のゾーン。飼育している魚の性質からこの一角は照明を抑え目にしてあり、また形態の不気味さが敬遠されるのか人気もいまいち無くて閑散としていた。
その中でも最も光の届かないコーナーに立てば、後ろを通りかかる人がいても、神乃木の背中はぼんやりとしか視界に映らないだろう。ましてや、成歩堂の姿は神乃木がスクリーンとなって全く見えない。
「コネコちゃんのキスは、みんな俺のモノさ」
「んっ!」
計算して死角を作り上げた神乃木は、短く言い放って小さな花弁を摘んだ。
いきなり肉片を口腔の奥深くへ潜り込ませ、成歩堂のそれを摩擦しておいて他の感じやすい部分を突いていく。
「ぁ・・ん、ぅ・・」
突然の事に成歩堂は背を強張らせたが、そこに拒絶の色はない。神乃木のシャツを握り締め、激しいベーゼに流されそうになる意識を必死で繋ぎ止めている。
「〜ん・・ふぁ・・っ」
バードキスなどと、可愛いものではなかった。成歩堂の幼い身体が劣情で満たされた時、もっと淫靡な感覚に堕とそうと施す接吻に近い。
「・・ゃ、んん・・ぁ・・」
嚥下が間に合わなくて、極僅かな隙間からこぼれた雫を舐め取る間だけ離し、またすぐ舌先だけで覆える小さな果肉を執拗にしゃぶる。
歯を立てる度、ピクンピクンと戦慄く四肢は徐々に体温が高くなっている。成歩堂の中で欲望の華が開き始めた証拠だ。唇を深く重ね合わせたまま神乃木は喉の奥で嗤い、ゆっくりと、しかし敏感なポイントを刺激しつつ結合を解いた。
「・・・ぅ、ん・・」
くったり凭れ掛かる成歩堂の背中を、己のした事を棚上げにして優しく優しく落ち着かせるように摩る。
どうにか呼吸を確保できるまでに回復した成歩堂が、すっかり潤んだ双瞳を上向ける。音にならなくとも『どうして?』という問い掛けは伝わり、神乃木の唇は更に愉悦を湛えた。
「イルカには、こんなキスは出来ないぜ!」
「パパったら・・」
堂々と、誇らしげに宣言する事ではない。けれど、敢えてそうするのが神乃木たる所以であり。そんな神乃木に育てられた成歩堂は、困ったように眉毛を下げるだけで。
「イルカショーは、また今度な」
と出口を目指して歩いていく神乃木に反論せず、胸板へことりと頭を預けた。