恋に師匠なし:2
どうやらゴドーにだけは、今日のことを連絡していたらしい。
「当たり前じゃない。じゃなきゃ、あんなにスンナリと送り出してくれるもんですか」
「でも、ぼくにも言ってくれてたら、ちゃんと準備して待ってましたよ」
「ゴメンね、驚かせたかったから。真宵のリクエストでもあったし」
「あ、じゃあやっぱり」
「うん。この身体は真宵のものよ。…ねぇ、ところでコレ美味しいわ」
「こっちも美味しいですよ」
「ホント?1口いいかしら」
「どうぞどうぞ」
差し出されたフォークに乗っかったモンブランを、千尋はパクッと口に入れた。
「…ん!美味しい!こちらもどうぞ」
「じゃあ、頂きます」
同じことを返しながら、千尋は嬉しそうに言った。
「今の私たち、きっと恋人同士に見えるわね」
その笑顔が本当にキレイで、だからこそ、成歩堂はちょっぴり切ない気分を味わった。
「千尋さん」
「なぁに?」
「今のぼくは、千尋さんと同じ年齢なんですよ」
千尋が亡くなってから、もう3年になる。
分かっている事だが、改めてその事実を実感した。
長いような、短いような。
しかし実に濃密な3年間。
「…そうね。そりゃなるほどくんも、色っぽくなるってものよね」
「ぶっ!……何を言ってるんですか千尋さん」
「いやねぇ、素直な感想なのに」
「意味がワカリマセン」
口元を拭う成歩堂を、千尋は正面からじっと見つめた。
正直、外見は殆ど変わっていない。
ジーンズにTシャツ、ジャケットという私服の今なんかは、本当に歳を重ねているのかと疑いたくなる程だ。
本人は気付いていないだろうが、外を歩いていても十分に人目を引く雰囲気を備えている。
ゴトーと歩くと気が散る、という千尋の言葉は本当だ。
だが千尋もゴドーも、お互いに十分自覚しているからまだ良い。
(センパイも苦労するわね…)
成歩堂がゴドーに惹かれていたことは、最初からアッサリと見て取れた。
様々な壁はあっただろうが、2人のことを良く知る千尋だからこそ、今の成歩堂たちの関係が素直に嬉しかった。
「なるほどくん、ちょっと」
「え?」
手招きに引き寄せられた成歩堂の襟元を、千尋はむんずと掴んだ。
……ぺろり。
「…へ」
「クリーム。付いてたわよ」
「!え…っ、…!!!?」
慌てて口元を押さえたかと思うと、みるみるうちに成歩堂の顔が真っ赤に染まった。
「口、はじっこにネ。拭き残ってたみたい」
ちょいちょいと自分の口を指差す千尋に、成歩堂は赤くした目元でキッと抗議した。
「だったら、…〜〜言葉で教えてくれれば…っ」
「ゴメンね。嫌だった?」
「違いますっ。こういうの、凄く恥ずかしいんですっ」
それもそうだが、今ので余計なことまで思い出してしまった成歩堂だ。
以前ゴドーとこの店で会った時も、同じように不意打ちで口付けられた。
「…センパイにもされたの?」
「えっ!!?」
「へぇ〜センパイがねぇ。…先、越されちゃったわ」
ズバリ言い当てられた成歩堂には、後半に呟かれた千尋の言葉は聞こえなかった。
「さ、なるほどくん。食べたら買い物に行くわよ」
「分かりました…あ、ここはぼくがっ」
止める間もなく、千尋が伝票をレジへと持って行ってしまった。
「教え子はいつまでも教え子なのよ。…そう言わせて頂戴」
そんな風に笑われては、無碍にすることも出来なかった。
「ねえねえ、これなんてどう?」
千尋が自分の身体にあてているのは、薄いピンクの入った、ハイネックプリーツのワンピース。
付属のウェストリボンがとても可愛らしい。
訪れたのは、デパート内の婦人服売り場。
周りを見ても女性ばかり。成歩堂はなるべく気にしないようにと、目の前の千尋に視線を据えた。
「カワイイですけど…でも」
何となく千尋の趣味ではないような気がする。
サイズも小さいようだし、どちらかと言えば…。
「真宵ちゃんに似合いそうな感じですね」
「あら、鋭いわね」
千尋は軽く目を見開いた。
確かに今選んでいるのは真宵へのお土産だ。
「お土産って言うのもヘンだけど、あの子、なかなかこういうの着る機会がないのよね」
「…真宵ちゃん、どうですか?無理、してたりしないですか?」
頼って欲しいのは山々だが、成歩堂とて、今は自分のことで精一杯だ。
本人に聞いても、きっと気を遣わせるだけだろう。
「あの子なら大丈夫よ。むしろ元気が有り余ってるわ」
「そ、そうですか」
春美は勿論だが、今はあやめや毘忌尼など、真宵を支える仲間は多い。
それだけでなく本当は、成歩堂とゴドーの存在そのものが、真宵の心の支えとなっているのだ。
「なるほどくんは?今の仕事、どうなの?」
「あはは。毎日が必死ですよ。慣れないピアノとカードに、悪戦苦闘してます」
その裏で事件の調査もしているのだと千尋は知っている。
しかしそれには触れず、「頑張んなきゃね、パパ」と成歩堂の肩をペシッと叩いた。
「さて、みんなの分のお土産買わなくちゃ」
「すみません、みぬきちゃんの分まで…」
「他人行儀はよしてよ。きっともう…」
そこで千尋は言葉を切った。
「?…何ですか?」
「ううん。それとね、私この後、ゲームセンターに行きたいんだけど」
「ゲ、ゲーセンですか?」
―――きっと、もう会うことはないでしょうから。
わざわざ言うべきことではない。
元より、千尋はもうとっくにその覚悟でいたのだ。
今回は真宵のお願いがあったから。
姉に対し気を遣ったのかもしれないが、死者は死者として、のこのこと戻ってきたりしてはいけない。
失ってしまったら、もう二度と会うことはかなわない。
だからこそ、命は大切なのだ。
「はい、コレ。半分こね」
「…わー。プリクラなんて、何年振りだろう」
ちょうど半分に切られた手元のシールたちを、成歩堂はマジマジと眺めた。
証拠写真だとか何とか。
これも真宵の手元へいくらしい。
「今日は楽しかったわー。たまには、お願いに乗ってあげるのもいいわね」
「あの、真宵ちゃんのお願いって…」
シールをバッグへ仕舞いながら、千尋はクスクスと笑みをこぼした。
「あの子、"ハロウィンがやりたいから"って言うのよ」
「ハロウィン?」
「そう。私を霊媒することが、あの子にとっては『仮装』らしいのよね。それで、あなたを脅かしに行こう、って」
なるほど。仮装だと言えなくも無い。
それが、千尋を成歩堂に会わせる為の口実だということは百も承知だ。
やかましい程の様々な音が鳴り響く店内から、数名の女の子たちが賑やかに出てきた。
入口に立つ成歩堂たちをチラリとも見やしない。
真宵と同年代であろう女の子たちを見送って、真宵をファミレスへ連れて行ったときのことを成歩堂は思い出した。
成歩堂と、ゴドー。2人して夕飯に誘えば、ファミレスに行きたいと言った真宵。
(あのときが初めてだって言ってたっけ…)
皆でメニューを分け合って、本当に真宵は嬉しそうだった。
「あの、ゴドーさんに会わなくて良いんですか?」
駅で別れると言う千尋に、成歩堂は戸惑った。
「なるほどくん。私とセンパイは、同じ道を歩いていただけの言わば『同志』よ。誤解しちゃ、センパイも可哀相だわ」
それが本当なのか、それとも成歩堂への気遣いなのか。
そうではない。
千尋が言いたいのは、大切なのは"今"ではないのか、ということだ。
「…真宵ちゃんに、ヨロシクと」
「ええ。早く身体を返してあげないと、真宵も疲れちゃうしね」
里へも遊びに来てやってね、と言葉を残し、千尋は家路の電車へ乗った。
「パパ、おかえりー!」
大量の土産を持って、成歩堂もマンションへ帰った。
出迎えてくれたみぬきに紙袋を1つ渡し、一緒にリビングへと入った。
「おかえり」
「ただいま戻りました」
ソファに座っているゴドーに笑顔で答える。
珍しく側にカップがない。キッチンへ目をやると、今まさに抽出中のサーバーがあった。
「パパ!ね、これ開けてもいい?」
「うん。千尋さんがねー、皆にそれぞれ買ってくれたんだよ」
洗面所から戻ると、早速ゴドーがちょいちょいと成歩堂を呼んだ。
素直に、ソファの隣りに収まる。
「どうだった?師匠との1日は」
「…そうですねぇ」
何とも不思議な1日だった、というのが正直な感想だろう。
昔に戻ったような、違うような。
「パパ、これ1枚貰ってもいい?」
ふいに、みぬきが成歩堂へと何かを差し出した。
「え?…ああ、コレね。うん、いいよ…って、ゴドーさんっ」
みぬきの手から、ゴドーが突然それを奪い取った。
真剣にゴドーが見入っているのは、成歩堂と千尋が写っているはずの、プリントシール。
そこでようやく成歩堂は気付いた。
一体"何が"写っているのか。
「やーん、お父さん返してーっ。みぬきの携帯に貼るんだからーっ」
みぬきの手に戻されたその写真たちには、やたらとベッタリくっついた、成歩堂と千尋の写真。
「……今日は楽しかったみたいだな、まるほどう」
「えっ、いや、…そりゃ楽しかったですけど」
「……」
「ち、違いますよっ!これは千尋さんがこうやって撮らないとっ、真宵ちゃんが納得しないからって…!」
「手ぇ握ったり、抱きついたり、キスしたりってのが?」
「キ……、頬ですからねっ?それに、これは不意打ちでっ」
ソファの端に追い詰められて、成歩堂は何とも分が悪い。
携帯を弄っているみぬきに向かって、ゴドーはとりあえず声をかけた。
「みぬき、今夜は出前を頼もう」
「えっ?ホント?」
「ああ。好きなもん頼んで良いぜ」
「わーい!じゃあみぬきが電話するね!」
みぬきは素直に、電話帳の元へと走って行った。
「さて」
ゴドーの言葉に、成歩堂の肩がビクリと揺れる。
「色々と話してもらわなきゃならねーことが、あるんじゃねーのかい?コネコちゃん」
「そ、そんなことっ」
「ともあれ今夜はハロウィンだ。素直に白状すれば、カワイイ悪戯だと許してやるぜ」
"ウソくせぇっ!!"と、成歩堂は心の中で、力の限りに突っ込んだ。
「まあ白状した所で、良しとなるかはその時次第だが」
「!…っ、それってどっちみち一緒ってこと」
「さあ、まるほどう。どうする?」
千尋といいゴドーといい、人を丸め込むのが上手すぎる。
同じ師弟関係だというのに、どうして自分にはその才が備わらなかったのだろう。
悔しそうなコネコを尻目に、ゴドーはニヤリと口角を上げた。
見せ付けられるような写真のシール。
『なるほどくんを泣かせたら承知しないって約束、覚えてますよね?』
そんな声が聞こえてきそうだ。
忘れるわけが無い。これから、一生。
でもせっかくだから、与えられた機は逃さず活かしてみようではないか。
「Trick or treat.…今夜は覚悟しな、コネコちゃん」
チヒナル、萌える・・vv こういう正統派ハロウィン話、書きたかったなぁ(苦笑)
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