恋の嵐:3
「所長さんの為に、必要なアロマを手に入れてきた俺の働きを評価しないで、悪い狼に連れて行かれそうになるなんざ、まんまコネコじゃねぇか」
午前中から資料室に籠もっていたゴドーが、手にした書類を掲げる。狼達を刺激する表情を長々と晒していては碌な事にならないと判断したゴドーの作戦は、効果覿面で。
忽ちコネコから、実力派弁護士との評価が定着してきた弁護士の面差しに変化する。
「ああ、お疲れさまです、ゴドーさん。ありがとうございます! やっぱりゴドーさんは仕事が早いですねぇ。僕だったら、一日かかっても終わるかどうか」
するりと狼と御剣の両方から逃れ、テキパキと書類をチェックしながらも、敬慕の色をのせてゴドーを見詰め。
「でもコネコではないですし、士龍さんは悪い狼ではなく良い狼ですよ?」
次にニッコリ、衒いのない笑顔を狼へ向ける。
ゴドーの『コネコのネンネな可愛い顔を隠す』作戦は、成功したが。天然誑かし攻撃までは防ぐ事はできなかった。
ストレートな好意に、粗野にすら見える狼が吊り上がった目の縁をうっすら赤く染め、二の句が継げないでいる。ゴドーは思わず吐きそうになった溜息を、苦く飲み下した。
ゴドーの雇用主であり弁護人でありコネコな成歩堂は、一体どれだけ人を魅了すれば気がすむのだろう。予定より早く作業を終え、浮いた時間で高菱屋へ寄ろうと検事局を出たゴドーを引き止めたのも、糸鋸刑事からの、
『ヤッパリくんがピンチッス! 攫われるッス!』
という電話だったのだ。名前が違う割には、的確に事態を捉えていて。
ロビーの騒動を見掛けた糸鋸は、狼相手では太刀打ちできないし、かといって御剣が会議中なのを知っていた為、今朝方検事局で出会ったゴドーに連絡を取ったのである。
それも、成歩堂が異国の刑事の餌食になるのを心配し、阻止したいという気持ちの発露。
成歩堂を知った者は、多かれ少なかれ最終的には好意を抱く。職業柄、人に好かれるのは悪い事ではないが、それにしたって限度というものがある、とゴドーは思う。
こんなに要注意人物ばかり惹き付けられたら、うかうか目を離していられないではないか。
「ニィさんが、善悪どっちの狼でも構わないさ。『人(=コネコ限定)』を食べない限り、な。そんな事より、高菱屋によって『まるな大福』を買って帰らないかィ?コネコちゃん。今の時間なら、限定数に間に合うぜ」
成歩堂には、仕事を。
コネコには、甘い物を。
これは、基本中の基本。
「そういえば、頼まれていた資料が届いたぞ。執務室で待っていてくれれば、今日中に渡せるのだが」
付き合いの長い分、御剣もそのポイントは熟知していて割り込んでくる。
「アマいな! 俺が一番に龍一とデートの約束を取り付けたんだ。アンタ達は引っ込んでろよ」
知り合ってから共に過ごした時間、という点では圧倒的に不利な狼だが、そんな事で退く程、想いは淡くない。
「龍一、西鳳民国の菓子でも食いながら、離れていた時間を埋めようぜ」
御剣達が止める間もなく成歩堂の手を握り、その指先へ熱く口付ける。
「「異議あり!」」
「ぇぇえ!?」
次の瞬間、声高に叫んだ御剣が成歩堂の身体を引いて狼から放し、殆ど同時に叫んだゴドーが成歩堂と狼の間へ長身を滑り込ませた。反目しあっているとは思えない、打ち合わせなしの見事な連係プレー。
『デート』という単語か『指へのキス』か、御剣とゴドーの過剰反応か。どれに驚いたらよいのか迷った成歩堂は、とりあえず瞠目して固まった。
「イイ度胸だ、ニィちゃん。煮え滾ったアロマを奢ってやるから、シッポを巻いてとっとと退散しやがれ・・っ」
どこから出したのか、ゴドーの右手にモクモクと湯気などと大人しいものではなく、蒸気のような白煙を噴き上げているマグカップが装着され。
「警備員! 不敬罪で狼捜査官を告発するから、取り押さえたまえ! それから救護班を呼ぶんだ。速やかな消毒を要求する!」
玲瓏な貌を憤怒で歪めた御剣は、夢に出てきそうで。
様相は、ゴジラとモスラとキングギドラの三つ巴。
何をそんなにゴドーと御剣が怒っているのかは正直分かっていないものの、怒っている事だけは分かった成歩堂は、固まっている場合ではないと慌てて声を張り上げた。
「いやいやいや、士龍さんの冗談に、そんな目くじらをたてる事はないでしょ!?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
ハグだの挨拶のキスを西鳳民国では普通の習慣と擦り込んだのが、今回は裏目に出て、成歩堂は外国人特有のオーバーリアクションとしか受け取っていなかった。
しかも実はイタリア人ですか!?と突っ込みたくなる程、気障でフェロモンを垂れ流して、でかい図体をしながらベタベタスキンシップを図るゴドーと数ヶ月過ごしたものだから、すっかり免疫が出来ている。
あれだけ明瞭なアプローチを『冗談』で片付けられた狼は、ガックリと肩を落とし。
御剣とゴドーはざまあみろ、と溜飲を下げつつも、己の身にも山程の似た記憶があるので、ちょっぴり同情を禁じ得ない。
「高菱屋に寄ってから、士龍さんの所にお邪魔して。御剣は会議が終わったらケーキを持って合流する、っていうのはどうです? たまには皆で、息抜きしませんか?」
三人がピリピリしているのは、疲労と、休息と糖分の不足によるものだと曲解した成歩堂は、とんでもない提案を持ちかけてくる。
狼達も休めるし、成歩堂も大好きな甘味を食べられる一石二鳥のアイデア。どうです!?とばかり大きな黒瞳をキラキラさせる成歩堂に。
『色気より食い気・・』と、三人揃って軽い頭痛を覚えたが。
「龍一といられるんなら、今日は余分な野郎がついてても我慢するさ」
「致し方ないな。成歩堂の望みならば」
「コネコちゃんのお誘い、聞いちゃうぜ!」
誰一人として、ここでスゴスゴと戦線離脱するつもりはなく。
成歩堂から『色気』を引き出すのは『自分』だと、三人が三人とも秘かに誓った。
おそらくゴドさんは、執行猶予中だと思われますが。そんな人間が、検事局の資料室を利用できるのでしょうか・・?(セルフツッコミ)
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