ほとんど裸で



「ほら、冷えますよ」
 トイレに起きた自分を、寝室へと戻って直ぐ、そんな気遣わしげな声が迎えてくれた。
 ベッドに戻れば布団をきちんと掛けてくれて、風邪をひかない様にしなさい、と優しく声を掛けてくる。
 それが今だけである事は、誰よりも自分自身が一番よく分かっていたけれど。
 こんな寒い夜はただ甘えてしまう。
 否。甘える振りを、してしまう。
 牙流の部屋に泊まる時には、いつも自分達はパジャマを必要としない。
 体を繋げてそのままの時も多かったし、何か着るとしてもシャワーを浴びた後に下着だけ、という事がほとんど。
 それはまるでここまで自分を晒している、という意思表示かの様だった。
 心も同様に、裸同然なのだと、そういう素振りを見せる為の。
 心は裸同然どころか、反対に鎧まで被っているというのに。
 探り合い、騙し合いしか出来ない自分達。
 それは哀れで、そして少し滑稽だ。
 朝は牙琉が起こしてくれて、そこには信頼関係があるかの様だけれど、実際に牙琉を信頼しているかと問われれば、首を傾げざるを得ない。
 それでも、こんな生活を続けている内に、情は湧くものなのだと、思う様になってきた。
 ここ1年位で変わった牙琉の態度と、自分の心情の変化。
 それが胸を衝く時がある。
 それが苦しい時がある。
 こんな後ろ暗い関係でも、恋をする事はあるんだろうか。



 お休みを言って1時間半。寝付きの悪い牙琉も寝息を立てている時間。
 自分の側で熟睡している事に気付いたのは、偶然だった。
 いつも浅い眠りにしかついてないと思っていたのに、ふと気付いたら横で熟睡していて。こんな機会でもなければ見られないその顔を、最初の頃はよく観察していた。
 眼鏡を取ると結構優しげな顔立ちに見えるのだな、とか、睫毛が長い事とか、肌がきめやかな事とか、そんなどうでもいい事にも気付いて。
 その内それがだんだんと微笑ましくなっていった。
 気を許してくれている様で、嬉しくもなった。
 だからその内、寝ている牙琉の額にキスを送る様になった。
 そうやって触れてみても、牙琉は起きる素振りもなく、翌朝も何も覚えてはいない様で味をしめてしまった。
 反対に僕が寝付くのが早い時もあるけれど、トイレとかに起きた時にちゃんと布団の中に収まっている自分を見ると、きっと牙琉が布団を被せ直してくれているのだろうと思う。
 それは嬉しくて、温かい事で。
 思慕の念が湧いてきたりする。
 服を着てしまえば、お互いにお互いを見張っている状況が続く癖に、可笑しいとは自分でも思うのだけど。
 もっと可笑しいのは自分の感情だ。
 そして牙琉の態度。
 それはまるで恋をしている様な。
 それはまるで執着している様な。
 服を脱いでからだけの事だったとしても、この気持ちは本物なのだろうかと、思ったりする。
 もし本物であったとしたら、なんて馬鹿らしい話なんだろう。

「牙琉…」
 牙流の足を挟み込むようにして膝立ちの格好になって、目の前の頭を両腕で抱き締めて。
 熱を高める様に胸元に口付けられ、そして時折吸われたりもする。
 こういう痕を付ける行為だって、僕たちみたいな関係性にとっては不相応だと思うのだけど。
 思わず頭を抱く腕に力を込めたら、下から苦しいですよ、と抗議された。
 頭を抱くのをやめて、肩に手を置けば、優しく腰を抱かれて、そのままシーツの上に転がされる。
 覆いかぶさってくる牙琉の眼鏡が、きらりと光った。
 昏い、深縁の様な眼差しが僕を見つめ、首筋へと顔が降りてくる。
 服で隠れるかどうか、というぎりぎりの所に痕を付けるのは、牙琉的にはどんな理由があるのだろうか。
 少なくとも僕には、誰かに対する牽制に思える。
「成歩堂、何を考えてるんです?」
 再度僕を見下ろす格好になった牙琉は、不意にそんな事を聞いてきた。
「別に、何も?」
 強いて言うなら先生の事だよ、と嘘臭い程にこやかに笑って見せれば、牙琉もまたふっと笑う。
 戯れの様に唇に触れるだけのキスをしてから、牙琉はなら、と言った。
「集中しなさい」
「……」
 それは、何に対して?
 行為に?それとも牙琉に?
 聞けばきっと行為に、だと答えるのだろう。こういう時には相手に集中するのが礼儀です、とか言って。
 だけどそれは、単に礼儀だからなのか。それとも自分を見て欲しいという気持ちの現れなのか。
 さっぱり分からなくて、胸が苦しくなる。
 上がっていく息の中で牙琉を見上げたら、眼鏡の奥の眼差しが真摯な事に気付いて、それが尚更心を刺激した。
「成、歩堂…っ」
 呼ぶ声も、僕の体を掴む手も、どこもかしこも僕を求めていて。
 無意識に僕も牙琉を求めていて。
 これがもしも恋だと言うのなら。
 終わりが来た時にはきっと惨めだ。
 一人寝の夜を、きっと物淋しく思ってしまうに違いない。
 牙琉の温もりを思い出してしまうに違いない。
 それをきっと自分達は分かっているから、服を着た途端に、鎧までも被って統制を取っているのだろう。
 お互いに、溺れ過ぎない様に。
「私を、見なさい」
 それは、ベッドの上にいる今だけだと知っているから。
 今だけは僕を、欲しがってもらいたい――。





霧ナル・・vv ビタースウィート!充分大人の切ない系だと思うのですが、璃羅さまはこの程度では満足しないのですねv 当方の変態センセに見習わせたい(笑)