膝枕論:1





「コネコちゃん。俺は膝枕を所望するぜ!」
「―――は? んむっッ」
 ポカン、と間抜けに口を開き。悪戯好きなゴドーにその中へ指を突っ込まれ、成歩堂は慌てて唇を閉じた。舌を突いた指は、歯列が合わさる前にそつなく抜け出る。
「ちょっ、ヘンな事しないで下さいっ」
 口を覆って抗議する成歩堂に、ゴドーはニヤリと笑ってみせた。
「クッ・・コネコの可愛い舌は、いつでもどこでも可愛がるのが俺のルールだぜ!」
「いやいや、ちゃんと時と場所を選びましょうよ! いやいやいや、それ以前に舌なんか・・・って何してるんですか」
「ん? 膝枕の準備さ。あんまりモゾモゾすると、違う準備になっちゃうけどな!」
「ひぃぃっ」
 ゴドーの怖い一言に、成歩堂はピタリと固まって膝の上へ頭を乗せるゴドーを見詰めるしかない。
 外したゴーグルをテーブルに置き、ゴドーの目が成歩堂を見上げてくる。裸眼では到底成歩堂の顔なんて分からない筈なのに、不思議とまっすぐ視線が合った。
「まるまるは、俺の髪の毛を撫でたそうな顔をしてるな。特別に許可するかィ」
「どんだけ都合の良い視界なんだか・・・」
 勿論、成歩堂はゴドーの髪の毛を弄りたいなんて思っていなかったし。許可を出されてありがとうございます、と感謝する訳もない。
 だが。
 真っ白だけれど、ライオンの鬣を想起させる髪へ、成歩堂の指はそっと絡んでいった。




 ゴドーの悪友という強烈な肩書きを持っている恭介は、名に負けず悪戯好きだ。しかもゴドーが成歩堂と付き合って以降、ちょっかいの殆どは成歩堂『に』仕掛けるようになった。
 今日も成歩堂を捕まえてポンチョの中に引き摺り込み、しこたま擽った挙げ句。不可抗力でぐったりと恭介に寄り掛かった成歩堂の頬へ、派手な音をたててキスした。
 そのタイミングで、ゴドーが帰ってきたものだから。成歩堂は口付けられた動揺より、恭介に掴み掛かろうとするゴドーを抑える事を優先させた。
 恭介は、成歩堂に関してはあまり余裕がない親友をさんざんからかい、ゴドーが本気モードに入る一歩手前でさっと退場してしまい。成歩堂は気の立った猛獣状態のゴドーと二人きりにされ、心の中で恭介に恨み言を突き付けつつ懸命にゴドーを宥めていた所。
 ゴドーは、冒頭の要求を提示したのだった。




 膝枕というものは、女性の柔らかい太腿があってこそ成り立つのではと成歩堂は思うけれど。ゴドーが、ロマンの欠片もない堅い脚を敢えて所望するのなら、またそれで機嫌が直るのなら膝枕位いいか、とほっこりした気分でゴドーの髪の毛を撫でていた。
 ―――そして、2時間後。
「至福の目覚めだな」
 やはり見えていない筈の目でしっかり成歩堂を捉え、ゴドーは上機嫌で呟いた。
「それは良かったです・・」
 ムクリと身を起こすゴドーに、成歩堂も笑い返したが。その顔は思い切り引き攣っていた。
「まるほどう?」
「・・ははは・・」
 声の調子と雰囲気で異変を感じ取ったのか、ゴーグルを装着して改めて見遣ると、成歩堂は青褪め、だらだらと冷や汗を掻いている。
「痺れちゃったのかィ?」
「脆弱ですみません・・」
 固まってなるべく動かないようにしながら、カモメ眉だけを盛大にへたらせる。
 成歩堂は、5分と正座ができない質だった。膝枕とはいえ、2時間も続けば最早拷問。それでもつい謝ってしまうのは、ゴドーは何時間正座しても平然としているし、毎晩成歩堂に腕枕をして寝ているから。
 それに、最近忙しかったゴドーを、膝枕でも何でも気分良く休ませたかったのもある。
「クッ・・・今度は、俺の番だな」
「へ? ――うぎゃぁっ!」
 ゴドーの口角が悪辣に上がった、次の瞬間。ツッコミでも抗議でもない、切迫した悲鳴が事務所一杯に響き渡った。
 じんじんと痺れ。
 感覚が麻痺して。
 けれど触れられた途端、神経に鋭い電流が走る下肢を。
 ゴドーが手加減なしに、揉んだのだ。
「・・ひ、っ・・やめ、ぇ、っ・・」
「痺れってのは、強い刺激を与えた方が早く治るのさ。ちょいと我慢しな」
「ゃ、ッ・・ん、ぅ・・!」
 その知恵袋的な情報を、知っていても。1分この苦行を強いられる位なら、10分収まるのをひたすら待っていた方がいい。
 太腿を中心に、大きな手を存分に有効活用して揉み込むゴドーから離れようとしても。今の成歩堂は、藻掻き自体がNGで。二進も三進も行かない。
「ぁ、く・・ッ・・ぅ・・」
「そんな風に啼くなよ、コネコちゃん」
「・・ふ、ぁ・・っ?」
 ガジリと耳朶が齧られ。驚きと痛みと疼きで、ソファへ俯せていた成歩堂はゴドーの方へ振り返った。何だか、空気が変質していないだろうか・・?
 ゴドーの呼吸が。肉感的な唇に浮かんだ笑みが。這わされる指の軌跡が。滲み出るフェロモンが。
 妖しく艶めいたものを纏い始めている。ストレートに言えば、ゴドーが催した時と同じ。
 口唇を濡れ光る舌で思わせ振りに舐め上げるあの仕草なんて、まさに成歩堂へ襲い掛かる直前によくやるソレで。
「堪んなくなるだろう・・?」
「待った! 我慢して下さ――ッッ」

                                          


…「甘々」の意味を履き違えているような。