昼下がりの情事(「いけない団地妻」続編):2





 荘龍の声は、その淫らさまで完璧にトレースしており、加えて今日は何故かトワレまでもがゴドーと揃いだった。
 ゴドーではない、と分かっていても。
 どこかで警鐘が鳴らされていても。
 このトーンと匂いは肉体を籠絡し、神経を麻痺させてしまう。とうに細胞レベルで刻まれている。
「龍一、喰っちまいてぇ・・」
「ん、ぅ・・ふ・・ぁっ」
 尚も誘惑のコードを奏でながら、荘龍の指はさわさわと脇や腕や腹をまさぐり、いつの間にかジーンズから引き出したシャツの裾から忍び込んで直に肌を刺激する。左手は成歩堂の左足を持ち上げて膝に乗せ、手の平が付け根へ向かって腿の内側を少しずつ撫で上げていった。
「荘龍、ダメだ・・って!」
「添い寝、してくれよ・・?」
 スキンシップにしては行きすぎだ、と頭が振られるが、項を痕が残る程吸い上げられて抗議が奪われる。人差し指が円を描きつつ存在を主張し始めた胸の蕾へと接近していき、もう一方がジッパーを抓み少しずつ下へ落としていった、その時―――
 スパーンッ!!
「っ!?」
 素晴らしく小気味良い音がして、背後の荘龍が激しくぐらついた。
「・・・箱詰めして、船便で送り返して欲しいかィ・・?」
 続いて地獄の底から沸くようなおどろおどろしい台詞が聞こえ、気が付けば成歩堂は荘龍の膝の上からゴドーの腕の中へ移動していた。
「ゴドーさんっ!」
「ただいま、コネコちゃん」
 ゴドーは頭の天辺に軽くキスし、荘龍をしたたかに叩いたスリッパをぽい、と投げ捨てた。気分的にはドタマをかち割りたかったのだが、成歩堂に血がかかってしまうのでとりあえず保留して。
「・・・クッ・・タイミングがよすぎるなぁ?」
 衝撃から立ち直った荘龍は、ゴドーが突然登場した事に全く動揺を見せなかった。それどころか、乱れた髪を掻き上げながら揶揄するように低く喉を鳴らす。
「コネコちゃんへの愛が、全てを可能にするのさ」
 神乃木の、何か裏があるのだろうという思わせぶりな台詞に対して、ゴドーも周章しなかった。
 『近い内に帰国する』という荘龍のブラフメールに引っ掛からなかったのは、インターフォンと自宅のドアに備え付けたシステムのおかげ。基本パターンをデータ化して、異質な動きがあれば即ゴドーに通知されるようにプログラムを組んであるのだ。
 勿論成歩堂はそんな装置が付いている事を知らないし、成歩堂以外にも知られるヘマはしない。荘龍が何か勘付いても、所詮推測の域に留まる。
 だから、成歩堂の旋毛に気障ったらしくキスを落として、悪びれず笑ってみせた。
「ゴドーさんてば、またそんな事を・・」
 嬉しいけれど人前という事もあって恥ずかしさが上回る成歩堂が、抗議がわりに藻掻く。
「ウチの奥さんは、いつまでたっても初々しくて目が離せないぜ」
 がっちりホールドして、そんな睦言を囁く。が、声音は甘くても、成歩堂を通り越して荘龍を睨み付ける眼差しは酷く鋭い。
「まぁ、いつでも俺がフォローしてやるから安心しろよ」
 隙あらば奪う、と荘龍は言外で宣告してすらりとした長身を立ち上がらせた。ゴドーが帰宅してしまえば、今日の所は撤退するしかないだろう。
「龍一、またな」
 悪びれた様子も反省の色もなく、これ見よがしに唇を舐め上げて成歩堂だけに挨拶して身を翻す。
「え、もう帰っちゃうんですか? 夕飯でも・・」
 ここに至ってもイマイチ二人の間で散る火花の意味も漂う緊張感も理解していない成歩堂が、暢気に引き止める言葉を発しようとしたものの、ゴドーの大きな手で遮られてしまった。
「クッ・・ああ、今度ゆっくり喰わせてもらうさ」
「次はないぜ」
 そして最後まで成歩堂だけには分からない、何かが含まれているような会話を続けて荘龍は出て行った。




「・・・・・」
 嵐のように荘龍が訪れて、嵐のように去っていった訳だが。
 もう一つ、嵐は発生していたようだ。
 冷気すら感じられるゴドーの沈黙に、成歩堂はお馴染みの冷や汗をたっぷりと流していた。鈍い鈍いと言われる成歩堂でも、荘龍を招き入れた事が拙かったのだとは思い至る。その理由までが理解できればゴドーの苦労も半減するのだろうが、そこはそれ。
 実は荘龍も一人の時は家に上げるなと言われていた為、成歩堂の居たたまれなさは募る一方。禁止理由を尋ねても上手くはぐらかされてしまったのでつい破ってしまったが、どうにもヤバイ流れである。
「これで、セクハラケダモノなアイツを入れちゃいけないって分かっただろう?」
 気詰まりな時間が延々と続いた後に放たれた音は意外に穏やかだったが、逆にそれが恐ろしかった。
「俺以外に、触れさせるとはなぁ・・」
 ゴドーの指が辿るのは、間違いなく荘龍が悪戯していた部分。すごい例えで荘龍を貶めているけれど、成歩堂は改めて思わずにいられない。その『セクハラケダモノ』と同じエロさだと。
「すみません・・あんまりにも、ゴドーさんそっくりだったもので・・」
 くすぐったさに身を捩りつつ、成歩堂が正直に告げる。
 イタズラしたのが荘龍以外だったならば、成歩堂もまた違った対応をしていた。
「似てる、と思った途端、何にも考えられなくなっちゃったんですよねー」
 ちょっと恥ずかしいですね、と緊迫した空気を全く読まないでほんのりのんびり照れた成歩堂に。
 ゴドーは、培ったポーカーフェイスとゴーグルに思わず感謝してしまった。感謝する位、照れてデレた。
 鈍感な成歩堂は特に意識せず感じたままを告げたのだろうが、ゴドーにとっては最愛の奥様から『貴方にベタ惚れなんです』とラヴコールを受けたに等しい。これが萌えずにいられようか。
「クッ・・正直な奥さんは嫌いじゃねぇがな・・」
 ひょい、と決して小さくはない身体を軽々と抱き上げたゴドーが向かうのは、やはりというかお約束というか寝室で。
「他の野郎とはっきり区別が付くように、きっちり教えこんじゃうぜ!」
「あははは・・・」
 お仕置きコースを暗に告げられた成歩堂は、引き攣った笑いを漏らしたものの、諦めたように大人しくしていた。多少なりとも反省しているのだろう。
「コネコちゃんを愛でるのは、俺だけでいいんだがなぁ・・」
 結婚した今も、平然とちょっかいをかけてくるライバルだけでも煩わしいというのに、成歩堂は一番質の悪い輩まで惹き付けてしまった。この夫夫には『亭主妬くほど・・』が当てはまらない。
 荘龍の性格―――好み―――を知っているからこそ、わざと結婚前には会わせず、結婚後も接触を最低限に留めていたのだ。けれど、どうやら荘龍は完全に成歩堂へ目をつけてしまったらしい。
 これからの対策を真剣に考える必要があるが・・・何はともあれ、腹ごしらえが先決。
 と思考を都合よく切り替え、ゴドーは昼下がりの情事にどっぷりと耽る事にした。

                                          


兄弟どんぶり・・も考えたのですが、ゴドさんはそんなに寛大じゃなさそうなので(笑) お祝い第一弾、受け取って下さいませv