昼下がりの情事(「いけない団地妻」続編):1





 ゴドーは、寛大な旦那さまだ。
 一部を除いて。
 敢えて列記するまでもないとは思うが、ゴドー不在時に自宅へ招き入れて良いのは成歩堂の家族と限定する位、大層独占欲が強い。といっても、この独占欲は多分に警戒心が含まれている。
 何しろ成歩堂の警戒心の無さは、そこに付け込んでまんまと既成事実を作って結婚まで持ち込んだゴドーこそが熟知しており、二番手が現れないよう策を講じる必要があった。
 成歩堂は『ゴドーさんは心配性ですね』と苦笑するものの。成歩堂が『人妻』になってからも、あわよくばと隙を窺っている輩がいるのを認識しているゴドーにしてみれば、笑い事ではない。
 事ある毎に注意を促し、成歩堂も少々呆れながら言う事を聞いていたのだが。
 ピンポーン
「荘龍!」
『よう、龍一。会いに来たぜ』
 インターフォンのモニターへ映し出された人物に、成歩堂はついうっかり、ロックを解除してしまった。『成歩堂の家族』だからいいだろう、と都合良く解釈して。




 ゴドーの七つ年下の弟・神乃木荘龍は、現在海外に拠点をおいて活躍している国際弁護士である。
 その事もあって、初対面は結婚後だったのだが、会った時は酷く驚いた。髪の毛と目の色以外は瓜二つと言っていい位、二人が酷似していた為。
 表立って口にする事は未だにあまりなくても、大好きなゴドーそっくりで。
 しかもどれだけ成歩堂より体格が良くても、落ち着いていても、男前でも、成歩堂の『義弟』だ。一人っ子だった成歩堂は弟ができた事を純粋に喜び。荘龍の方も気に入ってくれたらしく、初っ端から『龍一』呼びと海外仕込みのオーバースキンシップで成歩堂と打ち解けた。
「オネエサン、元気だったかィ?」
「弟こそ、元気だったのかな?」
 時折からかって使う互いの『名称』に笑いながら、成歩堂は、荘龍の広げた腕の中へ収まった。長々としたハグと顔中至る所へのキスは未だに慣れないが、これをしないと荘龍が『俺の事が嫌いなのかィ?』と拗ねるので、恥ずかしさを耐える。
「それにしても、相変わらず急だね。ゴドーさんに連絡してないんでしょ? 今、メールするよ」
 何回かの来日の際も事前連絡があった例はなく、スキンシップがようやく一段落した所で成歩堂は携帯を取り上げようとした。
 が、一瞬早く伸びた手がそれを阻止し、
「アイツには、さっきメールした。それより、久しぶりに龍一のアロマを奢ってくれ」
 セクシャルな、決まりすぎるウィンクが代わりに与えられる。
 ゴドーに負けず劣らずの気障な仕草にあてられ、またゴドーと同じく珈琲好きの荘龍からわざわざ指名された事が嬉しくて、成歩堂は素直に疑いもなくキッチンへ向かった。
 荘龍の口角がニヤリと吊り上がったのを、見ないまま。




 ゴドーと荘龍は外見も似ているが、行動パターンも類似している所が多々ある。例えばソファに深く腰掛け、開いた脚の間に成歩堂を座らせて背後から抱え、髪や項に鼻面を突っ込んで擦り寄る様は顔が見えない分、ゴドー本人ではないかと錯覚する位で。
「そ、荘龍・・?」
 しかしゴドーでない事も確かなので、成歩堂は戸惑わずにはいられない。
「・・『家』に還ってきた、っていう感じがするなぁ。落ち着くぜ」
 けれど幾分音量を落とした声で囁かれれば、荘龍の好きなようにさせてあげようという気になってしまう。ゴドーと荘龍の家庭環境が決して恵まれたものではなく、疎遠で、人との触れ合いが極端に少なかったと知っているから。
「疲れが溜まってるんじゃない? 時差ボケ解消に、昼寝でもしたらどうかな」
 ガッチリ廻された腕を、あやすように叩く。
「クッ・・龍一が添い寝してくれるんならな」
「いやいや、何を言って・・っ!」
 荘龍が喉の奥で低く笑った音が聞こえ、言い返そうとした成歩堂の語尾が、不自然に跳ね上がった。弾力のある、少しかさついた感触が耳朶から輪郭を辿って耳裏、首筋へと流れていく。くすぐったくて身体が揺れ、しかしくすぐったいだけではなくて、さぁっと産毛が逆立つ。
 そこはどれも、成歩堂の弱い所ばかりなのだ。しかも悪戯の仕方が、ゴドーのそれを彷彿とさせて。
「く、くすぐったいよ、荘龍!」
 『いやいやいや、ゴドーさんじゃないから!!』と己に激しく突っ込みを入れつつ、平静を装って身体を離そうとするが。
「ぅわっっ!?」
 逆にもっと密着させられ、べちゃりと濡れた水音を引き連れた熱い何かが耳朶を這う。きっと、荘龍の舌だ。引っ繰り返った声を上げる成歩堂に追い打ちをかけるように、今度はちょっと痛い位に歯と覚しきものが食い込み。
 完全に、成歩堂の意識が耳へ集中したその瞬間を捉え―――
「・・・龍一」
「っぁっ・・!」
 荘龍が、低く、甘く、艶然としていてどこか猥雑な響きを絡めた旋律を、過敏になった箇所へ流し込んだ。操り人形の糸が全て断ち切られたかのごとく、成歩堂の身体は芯をなくして崩れる。
 結婚してからも、ゴドーが成歩堂を『龍一』と呼ぶのは閨の中が主で。だからこそ、気安い呼び掛けならともかく、たっぷりと情感を込めて囁かれると成歩堂はあっさり、それだけで堕ちる。
 官能の焔が、一気に灯る。

                                          


本当は「ダメ、旦那が帰ってきちゃう・・」的なものをリクエスト下さったんですが・・・だいぶ違いますね(汗)