hideaway:1
夢の中で、成歩堂はフカフカな毛皮に包まれていた。
数回だけ触った事のある、ミンクやテンなどの高級品ではない。繊細で柔らかいというより、極寒の地で用いられる、気密性に富んだ滑らかで少し硬い感じのモノ。
暖かくて暖かくて、寝るのが大好きな成歩堂としては最高の寝心地だった。いつまでもヌクヌク浸って、夢から覚めたくなかった。
「・・・・・」
しかし、何故か毛皮が動く。成歩堂は動いていないのに。それに、毛皮が鳴っている。音を発する訳はないのだが。
「・・・りゅういち・・」
肌触り同様、ビロードみたいに深みのある旋律。微睡みを誘うトーンなのに、覚醒を促している気がした。
「・・・む・・」
こんなにも眠りやすい環境を作っておきながら、起こそうとするとは矛盾している!と、アルファ派放出中の脳でぼんやり思う。寝かせてくれと話すのも億劫で、意思表示の代わりに毛皮へ擦り寄る。元々ぴったりくっついていたが、もっともっと潜り込むように。
「ククッ・・このまま休んじまえよ」
頬の辺りで生じた振動は、含み笑いに似ていた。―――ようやく、おかしいと思い始める。毛皮は話さない。その事がはっきりと脳裏に浮かぶ。
「・・・ん・・?」
もぞもぞ動き、顔を毛皮から離してみた。くっつきたがる瞼も持ち上げてみると。
「よう、龍一。起きる必要はねぇぜ」
何とか輪郭が掴める程の近距離に、精悍な顔があった。単純にびっくりして、瞬きを繰り返す。
「し、りゅう、さん・・」
普通に話したつもりの声は、思いの外掠れ、辿々しかった。それにも驚き、一気に覚醒が進む。
「寝てろって言っただろう」
首の後ろを大きな手が覆い、最初の体勢―――狼の鍛え上げられた身体にすっぽり抱かれた―――に戻す。夢と寸分違わぬ安心できる温もりは、目覚めて尚極上の心地よさで狼の誘いを後押ししたが。
「お、お早うございます・・」
成歩堂は厚い胸板へ腕を突っぱねて、離れた。その顔は真っ赤である。
「お早う、龍一。オマエが側にいるってのは、やっぱりいいなぁ」
「うう、あの・・いや・・」
折角取った距離も狼が顔を寄せてきた為、0になり。蕩けそうに甘い色を浮かべた双眸が、成歩堂を見詰める。その近さと、成歩堂限定だと言われた表情が昨晩の記憶を呼び起こし、成歩堂の頬はますます赤くなった。
「すぐキスできるしな」
「ちょ、んん・・っ!」
荒削りな美貌が雄そのものの笑みを浮かべたかと思うと、いきなり激しく口付けてきた。腫れも、痺れも治まりきっていない口唇と舌はたちまち疼き出し、廻された腕の中で硬く身を強張らせる。
「・・っ、く・・」
その途端、あらぬ部分に鈍痛が走り、小さく呻いてしまう。一度意識したら、下肢の関節は軋んでいるし身体全体が気怠い。狼の、夜を越えてのガッツキようを思い起こせば、軽く済んだ方だと前向きに考えるべきだろうか。
「手加減できなくて悪ぃ。けど、龍一が可愛すぎんのもいけねぇ」
「っん、・・んっ・・」
舌を絡ませ合い、隙間なく密着しているのだから成歩堂の動揺は狼に伝わり。狼は大きな手を滑らせて腰から下肢を撫で摩った。筋肉の張り詰めた箇所を的確に揉み解してくれたものの、それだけに留まらないのが困りもの。
「・・ぁ・・ぅ、む・・」
硬く張った筋肉を解すような動きから、太腿やその柔らかい肉を愉しむかのような妖しさへ、いつしか変わっている。口内を蹂躙され、舌は味見さながらずっと咀嚼され、一度覚醒した成歩堂の思考は再び白い靄に覆われ始める。
尾てい骨のでっぱりに指が添えられ、じりじりと下へ降りていった。あと数p進めば、熱をもってジクジクする部分へ到達してしまう。
「・・ふ、っ・・ぁ・・」
マズイ、と最後に残った理性が懸命に警鐘を鳴らし、成歩堂は何とか狼の唇から逃れた。ここで流されると、間違いなく昨晩の続きに持ち込まれ身体が壊れてしまう。
「お、起きます・・っ」
それに。今更感があるものの、寝ている場合ではない事に思い至ったのだ。
「ちぇ、オアズケかよ」
狼が不満げに顔を顰めた。それでも成歩堂の身体を起き上がらせてくれたのは、あわよくば、と考えての悪戯だったからだろう。100%本気なら、今頃まるっと裸に剥かれていた筈。
「どうしても行くのか?」
「す・・すっぽかす・・ぁ・・訳・・は・・っ」
しかし狼も易々と離す気はないらしく、後ろから抱え込んで首筋や耳朶へやんわり歯を立てて籠絡せんと試みる。獰猛で、圧倒的な力の差があるのに、『狼』が伴侶の毛繕いをするかのごとく情愛深い戯れは、口にした事はないがいつも成歩堂の心をフニャフニャにした。
「・・なるべく早く・・帰って、きますから・・」
元来の生真面目さと友情が辛うじて勝利したけれど。狼がもう少し本気を出していたら、抗いきれたかどうかは微妙。相変わらずの突然帰国だとしても、久々に会えた狼と長く居たい想いは強い。
狼の腕を強めに掴んだ手の平は言外に気持ちを伝え、狼はニヤリと犬歯を覗かせた。
「帰ってきたら、オアズケされた分も合わせてぐちゃぐちゃにしてやるぜ」
「・・え、っ・・ん・・」
何とも不穏な宣言をして成歩堂の唇をベロリと舐め、そのまま滑らせてディープキス。成歩堂を抱き上げて洗面所まで運ぶ間も呼吸まで奪う接吻を止めなかった為、降ろされても台に手をついていなければ立っていられない状態だった。