カレンダー
思わずポケットに手を突っ込みたくなる気温になってきた朝、成歩堂は事務所につくなり色々な場所に向かっては立ち止まる。そう、今日は2日。1日は日曜だったので今日がカレンダーを捲る日なのだ。土曜の帰宅時に捲っておけば朝からこんな面倒な事をしなくてもいいとゴドーは言うのだが、何となく成歩堂はそれを拒否していた。まだ、月が明けていないのに次月のまっさらなカレンダーを見るという事が嫌だったのだ。
帰宅前にふと目に入ったカレンダーは、色々な人物のメモで埋め尽くされていた。几帳面そうな文字で上半分を使っているのはゴドー。その下の可愛らしい小さな文字は真宵のもの。・・・その隙間を埋めるように適当に殴り書きしてあるものが、成歩堂の文字だ。今月も色々あったなあなどという小さなため息と共に、べりりと留め具から一枚破っていった。
「もう11月か。早いな。」
ゴドーは一番大きなカレンダーの前にいた成歩堂にコーヒーを差し出した。それを受け取りすすすと啜る成歩堂は、じっとカレンダーの日付を見つめている。真っ白な空白だらけのカレンダーが、残るところたった2枚となっている事を改めて実感して、またため息。そんな成歩堂の頭にぽんと手を乗せてやったゴドーは、クックッと笑いながらぺらりと一枚捲って見せた。
最後の12月のカレンダーの最終週辺りに指を滑らせ、今年の年末年始はどういったスケジュールなのかと聞いてきた。個人事務所なので基本的にそういった事は成歩堂に決定権があるのだが、今までが今までだ。・・・年末に限ってとんでもない事件が飛び込んでくる可能性がある。事件は待ってはくれないとは、一体誰の言葉だったか。
「一応予定としては、この土曜から4日までってトコですけど。まあ、何も無ければですけどね。」
「そうかい。・・・で、アンタは?」
「は?」
「アンタの予定はどうなんだい?」
そんな事を聞かれるとは思っても見なかった成歩堂は、少し考え込んでしまった。帰省するにもアレだし、旅行するにも今からでは何処も予約など取れないだろうしとぐるぐる思考を巡らせている。
と、ゴドーは成歩堂の背中から覆いかぶさるような姿勢をとった。何処からかペンを取り出してきゅきゅきゅとラインを引いていく。先ほど成歩堂が言っていた『成歩堂法律事務所の年末年始休暇』の日にち全てに矢印を書いて、その下に『予約済み』と書き入れていた。ご丁寧に、その隣には『神乃木』と認印までポンと押して。
「じゃ、こういう事で。」
ついと成歩堂から離れたゴドーに、成歩堂は慌ててベストの裾を掴んでしまう。首だけを傾けて成歩堂を見下ろしたゴドーは、クックッとまた笑いながら腰を僅かに屈めていく。間近に迫ってきたゴドーに思わず目を見開いていると、ちゅっと頬に柔らかな唇が触れてきて。とっさに後ずさりした成歩堂は、・・・瞬間湯沸かし器もかくやの速度で顔を真っ赤に染めていた。
「先着順は基本だろ?」
「いや、一応僕の答えを待ってくださいよ!何かあったらどうするんです。」
「ほお・・。じゃあ何があるのか、逐一聞かせてもらおうじゃねえか。」
場所をソファに移した二人は、まるで取調べでもしているかのような雰囲気で。ペンをふらふらさせたと思ったら、ゴドーはついと成歩堂の鼻っ面を指す。冷や汗だらだらな成歩堂は必死で脳内のスケジュールを辿っていくのだが。
「ほら、同窓会とか、あるかもしれないなあとか。」
「そういう連絡はもっと前にあるはずだ。今現在無いなら今年中には開催不能だぜ。」
「うう。不幸があるかもしれないし。」
「そういった身内がいるのかい?それなのに此処でのんきにコーヒーを啜ってるなんざ、随分と冷たい男だな、まるほどう。」
「ううう。後は・・・えっと・・・。」
「まるほどう。」
急に真摯な口調になったゴドーに、成歩堂の身体がビクリと揺れた。先ほどまでの少しからかい加減の空気は何処へやら。どさりとソファに身体全体を預けて優雅に長い足を組むと、僅かに首を傾けた。仮面に隠されているはずの瞳は真っ直ぐに成歩堂を見ているという事は、流石の成歩堂にも感じ取れる。
「俺と過ごす時間は、嫌なのかい?」
「そ・・・そんな事は・・・。」
「俺は年甲斐も無くワクワクしてたんだ。これからクリスマスやら年末年始やらを、アンタと過ごせるという事にな。」
「・・・。」
「でも・・・そんな風にあんまりにもつれないんじゃ、流石の俺もちょいと落ち込んじまうぜ?」
いつもと違って随分と殊勝な事を言い始めたゴドーに、思わず成歩堂はほだされてしまう。そっとソファから立ち上がって後ろに回った成歩堂は、そっと背面からゴドーを抱きしめた。優しく首に腕を回してきゅっと力を込めていくと、ふわりと漂うコーヒーの香り。成歩堂はそれに心底安心していくのを感じるとゆっくりと目を閉じていった。
「僕で、いいんですか?」
「クッ・・・ソイツは俺の台詞だろうが。・・・俺と一緒に、いてくれるかい?」
「・・・はい。」
肩口に額をつけている成歩堂のとんがり頭に、ゴドーが優しく手を置いた。じんわりと温まっていくその肩にこれ以上無い幸せを感じつつ、ぐっとその頭を動かないように押し付けて。その力のこもり具合に成歩堂は嫌な予感を感じてしまうが・・・もう時は既に遅かった。
「クリスマスにはホテルのインペリアルスイートを、正月は雪を見ながら入れる、絶好のロケーションの露天風呂が自慢の宿を取ってある。それ以外は俺の部屋って事でいいな?」
「・・・ゴドーさん?!」
「無駄にならなくて良かったぜ。しっぽりたっぷりこれでもかと甘いあまーい恋人同士の年末年始ってヤツを、満喫しようじゃねえか。」
「ちょっと!一体いつからそんな予約を?!」
「アンタとこうなって直ぐか?流石に即効で予約できたがな。」
「・・・。」
ゴドーは・・・こういう人だったと成歩堂が反省するが、もう後の祭り。ばたばたと暴れてみてもしっかり押さえつけられている為、YES以外の答えは全て却下され。
「分かった!分かりましたから!!もう離してくださいよ!!」
「言質は取ったぜ、まるほどう。言い逃れは許さねえからな。」
いつの間にやら手にしていた携帯電話には、成歩堂の声がきっちりと録音されていた。半泣きの声で再生された声にぐうの音も出ない成歩堂に、ようやく開放してやったゴドーはくるりと後ろを振り返って、いつものにやにや顔を成歩堂へと向けた。
「まるほどう。来年も、再来年も、生涯アンタは・・・予約済みだぜ?」
そんな殺し文句に思わずぷっと吹き出した成歩堂は、やってきたゴドーの腕に巻き込まれても今度は抵抗などせずに・・・その予約内容をゴドーの熱い唇で再確認するのだった。
今年も来年も再来年も、ずっとゴドさんに予約されて愛されるナル。このラブラブっぷりが地球温暖化の原因だったら、許す。←個人的見解
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