「go to!」シリーズ in 媚薬:1
「さて、まるほどう。究極の選択だ」
テーブルの上に置かれた、闇色の液体が半分まで注がれた2つの白いマグカップ。
無駄に格好いい動作でそれらを用意したゴドーは、妙な迫力で成歩堂に向き合った。
『ああ、またこの人は何か企んでいるな』と光速で悟ってしまった己が悲しい。そんな経験則は、欲しくなかったから。
「ちなみに、選択しないという選択肢は?」
「ねぇ」
「うぅ……」
99.9%無理だと分かっていても、0.1%に賭けるのが逆転弁護士。残念ながら、ゴドーが相手の場合はいかな成歩堂でも、逆転できないまま敗訴するパターンが殆どなのだが。
「ここに、俺が精魂込めて淹れた魅惑のアロマが二つある。中身は、ゴドーブレンド69号。そして、ゴドーブレンド69号に、コネコちゃんを素直にさせる魔法をかけた」
「ま、魔法ですか…?」
強面のゴドーから出たメルフェンな単語に、うっかり『コネコ』発言への突っ込みも忘れてしまう。
「ああ。コネコちゃんが『抱いて下さい』って言えるようになるモンさ」
「ぅわわぁぁぁっ!! 真っ昼間から、破廉恥な発言をしないで下さいっ!」
リトマス試験紙のごとく、瞬時に真っ赤に染まるコネコ。最早、コネコ呼ばわりを気にしている場合ではない。ゴドーの『スイッチon 』は最優先で対処すべき事象だ。
「どこが破廉恥なのか、納得できねぇな。『お誘い』は男のロマンだぜ?」
「一体、幾つロマンがあるんですか…。煩悩と同じ、なんてベタな回答はいりませんよ?」
「クッ……鋭いコネコちゃん、嫌いじゃねぇぜ」
「うわ、やっぱりお約束のオチなんですか? それより、またヘンな店に行きましたね!? もう、ヘンなモノは買ってこないで下さいって、あれ程お願いしたのに…!」
赤面しながら冷や汗を流すなんて器用な事をやっている成歩堂だが、本人に己の状態を顧みる余裕はない。ゴドーの不埒な台詞と話の流れからすると、一番導き出したくない結論に行き着いてしまうのだから。
成歩堂の詰りに、ゴドーは悪びれず肩を竦めてみせた。
「オイオイ、『目眩く桃源郷へご招待☆』は、お墨付きアイテムだぜ?」
「ネーミングからして、思いっきりヘンじゃないですかっ!」
「ジョニーに相談したら、『貴方の恥ずかしがりやなコネコちゃんを素直にさせるには、これが効果的ですよ』ってススメてくれたしな」
「ジョニーって誰です? …って、それより、他人に相談なんかしないで下さいよ!!」
「ジョニーは『ダンディズム』の店長なんだぜ?」
「店長を名前で呼んでる程の常連なんですか?! しかもアダルトショップの店名が『ダンディズム』って!!」
羞恥のあまり卒倒しそうだ。突っ込み所満載で、突っ込むのも疲れてきたし。
はぁ、と溜息を零せば。
「異議を連発して、喉が渇いただろう? このアロマで潤すかい?」
「ありがとうございます……って、さりげなく飲ませようとしてるし!」
慌てて伸ばしかけた手を引っ込める。危なかった。
僅かな隙も見逃さない、ある意味とっても有能なゴドーはチッと舌打ちしたが、今のは軽いジャブのようなもの。
「さて、どっちにする? 今回は特別、コネコちゃん好みのカフェオレにしちゃうぜ?」
テーブルにはもう一つ湯気の立つマグがあり、おそらくそれには砂糖たっぷりのホットミルクが入っているのだろう。親切な事だが、どうにも優しさの方向が明後日だ。
「いくらカフェオレにしてくれたって、そんな怪しげなモノ、飲みたくありません」
「サクッと飲んで、サクッと言ってみな?」
「弁護側は、合理的事由を甚だしく欠いた申請は却下します」
顔は熱く火照ったままだったが、精一杯毅然とした態度で拒否する。
しかしそれも、次のゴドーの発言で脆く崩れてしまった。
「大体、『入れて』『シて』は、いつも色っぽく言えるくせに――」
「いやいやいや、アナタが言わせてるんでしょうっ!?」
いっそ窒息してしまえとばかり、両手で顔の下半分を塞ぐ。
ゴドーの指摘は、否定しない。(正直、成歩堂はよく覚えていないものの、記憶が曖昧ですからと惚けようとしたら、次の日証拠物件として持ち出してきた録音テープを延々聞かされ、それ以来二度と、否定だけはしなくなった)
とはいえ、コトの最中はゴドーの為すがままだが、まだ理性が働いている時に言える筈がなかろうに。
成歩堂みたいなタイプは、一度ハードルを乗り越えてしまえば、元々順応性は高いから後は楽になる。その代わり、乗り越えるまでがなかなか困難なのだ。特に性的な事に関しては、その傾向が顕著で。
「それに、アナタだってその台詞は言った事がありませんよね? 僕だけに発言を要求するのは、おかしくありませんか?」
少々引っ掛かりはあるが、最初から上下関係・役割分担が決まっていたのだから、ゴドーが『抱いてくれ』と言う理由がない。なのにその件を取り上げる成歩堂は、かなり追い詰められているらしい。
ゴドーは成歩堂の反論が意外だったのか、一秒程薄く唇を開いたが、すぐさまニッと口の端をシニカルに吊り上げた。
「なら、言っちゃうぜ?」
「ええっ?! 言うんですか?」
自分で振っておきながら、成歩堂は焦らずにはいられない。今更攻守を変えろと迫られても、困る。というより、『その気』になるかどうかが微妙。
またしても冷や汗をかきながら固唾を呑む成歩堂を前に、ゴドーは短く息を吸った。