All's right with the world! :2





 テテテテ。
「ワンッ!」
「ん? お、ミサイル! 久しぶりだなー」
 トン、と足元で生じた衝撃に視線を下ろした成歩堂は、顔を綻ばせた。
 チワワに見えない警察犬見習い・ミサイル号が小さい尻尾を千切れんばかりに振り、ウルウルの瞳で見上げていた為。
「元気だったか? っていうか、また脱走してきたのか?」
「ワフン!」
 某CMを彷彿させる可愛らしさだが、ミサイルの後方にだらーっと伸びるリードの先に、いるべき人がいないのを見て取り、眉をへの字にする。
 警察犬目指して訓練中だというのに、ミサイルは時偶糸鋸から離れて成歩堂の元へ来るのだ。
「確保〜」
 わざとらしく声を出して、ミサイルを抱き上げる。そしてキョロキョロと周囲を見遣れば。
「ああっ、見付けたッス! すまねッス!!」
 巨躯を少し丸めがちにして、飼い主の糸鋸が走ってきた。
「お疲れさまです、イトノコさん」
 ハァハァと息を切らしている糸鋸へ同情の眼差しを送り、ミサイルを手渡す。脱走を主人に見付かったというのにミサイルはどこか誇らしげで、糸鋸も叱る様子は全くなかった。
 ミサイルを溺愛してるんだなぁ、と素直に受け取った成歩堂は―――気付いていない。
 それが、勘違いだと。
 糸鋸が選別訓練(匂いの追跡)に成歩堂の持ち物を使い、ミサイルを成歩堂へ向かわせようと画策していて、それを切っ掛けに成歩堂と親しくなろうと考えている事、を。
 故に、
「訓練の途中なんですよね? 邪魔しちゃ悪いので」
 と糸鋸の落胆を察知せず、あっさり背を向けたのである。




 事務所に戻った成歩堂は、時々服の下まで入り込んでくる過度なスキンシップを躱しつつ、一日の業務をこなし。
 帰宅途上、周囲の目が成歩堂に届かなくなった一瞬を見事に捉えて現れた黒塗りの車に乗り込んだ。
 到着したのは、今やアパートより帰る頻度の高くなった、アパートとは比べものにならない豪奢な邸宅。
「お帰り、ナルホドちゃん」
「巌徒さん! 今日は早かったんですね」
 玄関で出迎えてくれたのは、いかにもな執事ではなく、碧の瞳と年を感じさせない壮健な肢体を有する巌徒だった。
「ナルホドちゃんに会いたくテ、馬車馬のごとく愚民どもを酷使してきたヨ」
 嬉しそうに駆け寄った成歩堂の頬へスリスリと顎髭を擦り付ける様は、一種の可愛さがあったが。発せられた言葉には、猛毒が滴っている。
「ははは・・」
 成歩堂も引き攣ったが、それでも巌徒を咎めたり引き離したりはしなかった。




 誰一人として知らなくても。
 どのカップルよりラブラブな二人は、今夜も砂糖に蜂蜜とチョコレートとシロップを混ぜ合わせたような時を過ごしていた。
「何か変わった事はあったのカナ?」
 膝の上に乗せた成歩堂の頬を撫でながら、巌徒は優しく問いかけた。成歩堂はしばし考え込み。
「いえ、いつも通りでした」
 平穏が一番ですよねーと笑う。
 成歩堂の中では。
 数々のアプローチは『過度なコミュニケーション』としか認識されていない。どれ程熱烈な秋波を送っても、のほほんとスルーされる。
 だって、成歩堂の心は巌徒で一杯だったりするから。
 それを理解している巌徒もまた、小蠅のようにプチッと潰したくても、巌徒とは違う次元で成歩堂にとって大切な人々を見逃している。
 まぁ、彼等が思い掛けない災難に見舞われる事も往々にしてあるが、決して人災とは分からないようにしているし。
「ソウ。平和で何より」
 真逆の単語こそが似付かわしい巌徒が、ニコニコと笑い返す。成歩堂へ注ぐ視線は、待望の初孫に向けるものよりも蕩けていて。
 そんなこんなで、至極穏やかに二人の一日は終わる。

                                          



糸鋸さんの咬ませ犬っぷりが、妙にはまる・・。とりあえず巌徒さんオチにはしてみましたが、こんなお祝いですみません〜(泣)