いざ尋常に勝負:1
少し前の事になるが、成歩堂の弁護士復帰。
それから、心音が初めて法廷に立ち。本当は入院が必要だった王泥喜の怪我があっさり完治し。罪を被って囚人となっていた夕神は釈放され。前後して法曹界の改革が始まった。
一つ一つが慶事だったけれど、時期が殆ど重なっていたのもあって言葉で祝福するのが精一杯で。慌ただしさがようやく落ち着いた頃、それらを一緒くたにしてお祝いしよう、と言い出したのは誰だったのか。
成歩堂なんでも事務所での権力地図を鑑みるに、十中八九女性陣の発案だろう。兎に角、成歩堂や王泥喜が口を挟む暇もないまま、計画は進められ。成歩堂と王泥喜とみぬきと心音と夕神は、荒船水族館を訪れる事になった。
王泥喜は、どこからともなく聞こえてきたファンファーレと共に発表された内容に、勇敢(無謀)にも『何でお祝いに水族館へ行くんですか!?』とツッコんではみた。
しかし、みぬきが成歩堂に強請ったという事実を迂闊にも忘れていたものだから。成歩堂から『そこに水族館があるからだよ』と、何故か自信たっぷりでしかもどこかで聞いた事のあるハッタリをかまされ、遠い目をして諦めた。
みぬき>>越えられない壁>>王泥喜の構図は、潔く認めた方がかえって楽だろう。
そんなこんなで、よく晴れた土曜日。既に祝賀パーティの雰囲気は消えつつも、一行(の大部分)は懐かし(といっても頻繁に来ている)の場所へ赴いた。
ちなみにレンタカーを運転したのは、つい先日さっくり免許を再取得した夕神で。八年振りとは思えない巧みなドライビングテクニックとの合わせ技で、株を急上昇させ。いい年をしながら未だ免許を持っていない成歩堂と王泥喜は、少々肩身の狭い思いをしたとか。
「さぁ王泥喜くんも、存分に楽しんでおいで」
「ええっ、成歩堂さ―――」
「みぬき、心音ちゃん。王泥喜くんはツンデレだから言わないけど、本当は二人と弾けたいそうだよ」
入館し、これからの行動を決める段になって、成歩堂はすかさず先手を打った。王泥喜がツノをぴゃっと立てて異議を唱えようとしたが、思い切りそこへ被せて止めを刺す。
キラーン!、と元々輝いていたみぬきと心音の瞳が眩しい程の光を放った。
「そうだったんですか、オドロキさん! ツノ以外に、少しは可愛い所があったんですねv」
「遠慮するなんて、先輩らしくないですよっ。弾丸ツアー、一緒に楽しみましょう!」
「いやいやいや、待った! ちょっ、俺の話を聞いてぇぇッ――」
「いってらっしゃい〜」
「・・ヘッ・・」
ニッコリ笑って、左右から王泥喜の腕を掴み。よくよく考えればツノが萎れそうな事を言いつつ、怒濤の勢いでスタートしたみぬきと心音。王泥喜の悲痛な叫びは、みんなでスルー。
「なかなかの策士だなァ、成の字よォ」
「え? 僕はただ、若い人は若い人と行動した方がより一層楽しめるだろうと思っただけですよ」
生温い微笑みでみぬき達を見送る成歩堂に、夕神が思わせぶりな言葉をかける。成歩堂は夕神を見上げ、一見邪気なく小首を傾げてみせた。
みぬきと心音のバイタリティは、かなりのもので。一緒に行動しようものなら、インドア弁護士は一時間と持たない。ならば、と適当な理由を見繕って王泥喜を捧げ、上手く別ルートへと流れを誘導してのけた。
遊びたくてウズウズしているみぬき達と災難に見舞われた王泥喜は兎も角、夕神は容易く意図を見抜いたらしい。
しかし、心音達がいる時に口を挟まなかった事から判断すると、夕神とて心音達のグループに混ざる気はない筈。同じ穴の狢、だ。故に、素知らぬ振りをする成歩堂であった。
「僕は知人に会いに、生物実験室という所へ行くつもりですが。夕神さんはどうしますか? 水槽トンネルはヒーリングにいいそうですし。研究室は、結構興味深いものがありましたよ」
離れていた分も見守っていたいだろう心音と、敢えて一緒にいない場合。夕神がどのような行動を取るのかが分からなくて、率直に尋ねてみる。
鷹を可愛がっている様子からして、水族館に全く興味がないという事はないだろうし。でも、自分のペースで眺めたいかもしれないし。逆に、一人にして疎外感を覚えたらどうしようと心配だし。成歩堂が訪れる予定の生物実験室なら、探求心が強そうなので楽しめる可能性もあるし。
などと色々考えつつ、夕神を窺えば。
「おめえさんの側に、いてェんだが」
少し隈の薄くなった、それでも相変わらず鋭い眼差しが真っ直ぐ成歩堂を捉える。思いがけない真剣さに、成歩堂は内心驚き。だが、監獄を出たばかりで人との触れ合いに餓えているのでは、と解釈して快く頷いた。
「構いませんよ。では、移動しましょうか」
「・・・承諾、しちまったなァ・・」
先導して歩き出した成歩堂に、夕神の呟きは届かなかった。
そしてすぐ追い付いた夕神が、当然のような顔をして成歩堂の肩へ腕を廻してきても、『スキンシップに餓えてるんだろうか。意外に可愛い所もあるな』なんて非常に警戒心の薄い事を考え、その行為をうっかりスルーした。