一歩も引かず:3
「あれ、響也くん」
「ノックを忘れているぞ、牙琉検事」
愛しい愛しい人と―――成歩堂の肩を慣れ慣れしく抱いている御剣検事局長の姿だった。
カーン!!、と。次のラウンドを告げる鐘の音がどこかで鳴り響いた。
「失礼するよっ」
「? いらっしゃい」
「フ・・・」
御剣にも劣らず整った柳眉を逆立てて控え室へ踏み込んだ響也を、成歩堂はきょとんと見上げ。御剣は、成歩堂からは見えない角度で勝ち誇ったように見下した。
「お疲れさま。響也くんが協力してくれたお陰で、良い結末を迎えられたよ」
一人、部屋に走った緊張を分かっていない成歩堂がのんびりと。そして心からの感謝を込めて響也に礼を言う。
裁判中は激しい論戦も攻防もするけれど。判決が下れば、敵味方はなくなる。というより、元々(一部を除いて)互いに敵対心などないのだ。ただ、それぞれの立場から真実を追い求め、その手法が端と端にあるだけで。
「お礼を言うのは、こっちの方さ。―――ようやく、この日を迎えられたよ。長かった」
「響也くん・・」
御剣の反対側へ回り、成歩堂の隣に座った響也は流麗な動きでさりげなく両手を握り。成歩堂が思わず目をパチクリさせた程、とても近くまで顔を寄せて囁いた。
成歩堂は一拍遅れて響也の示唆する事を理解したのか、眦を柔らかく細める。
「気にしなくていいって、あれだけ言ったのに。まぁでも、響也くんの中で区切りがついたのならよかった」
霧人の罪が明らかになった後。成歩堂の元を響也が訪れ。長い時間、語り合った。成歩堂に響也への怨恨などなく、後悔し謝罪を繰り返す響也を宥めるのに多くの時間を費やしたものだ。
響也がずっとあの一件を引き摺っていたのは、成歩堂も知っていた。影が見えた時はそれとなく諭していたものの、響也はなかなか頑固で。己の過ちを許そうとはしなかった。今回やっと柵から解き放たれたのなら、それは喜ばしい事。
ふわり、慈しみに満ち溢れた笑みを響也の為だけに向けられ。響也の胸は、一気に速いビートを刻む。
「成歩堂さん」
ずっと握っていた、響也より小振りな手へ己の指を絡ませる。所謂恋人繋ぎの形だが、成歩堂の意識は響也の表情と言葉に集中しているから問題なし。
「改めて、アナタに伝えたい事があるんだ。今までは告げる資格がないと思って、言い出せなかったけど。成歩堂さんが僕の愚かさを許してくれるなら、聞いてほしい」
「いやいや、だから許すも何もないって。真面目だなぁ。で、響也くんが話したい事って?」
響也の読み通り、成歩堂は行き過ぎたスキンシップに気付いていたかったけれど。とっておきの悩殺笑顔を浮かべ、声も艶を五割増しにする響也に対しての感想は、
『こんなに近くで見ても、響也くんって格好いいな。みぬきが王子さまって騒ぐのも分かる気がするよ。良い香りがするけど、値段も高そう・・。アクセサリーも高級っぽいし。やたぶき屋のラーメン、何杯分なんだろう』
だったりしたので。響也が知ったら、イケメン認定されている事に喜び。反面、響也の心情が伝わっていない事に落胆した筈。
成歩堂の鈍感さを読み切れないまま、響也はいよいよ核心に触れようとブレスした―――が。
「牙琉検事は、今後も法曹界をよりよくする為に尽力するそうだ。そう、私にも宣言したのだよ」
「!?」
響也が愛の言葉を紡ぐ直前、故意に存在を忘れていた御剣が成歩堂の身体を自分の方へ引き寄せながら、言ってのけた。
「待った!」
「己の口から伝えたいのは分かるが、生憎、これから成歩堂と打ち合わせがあるので代弁させてもらった。では、これにて失礼する」
慌てて成歩堂を取り戻そうと響也は手を差し伸べたけれど、一瞬速く御剣が成歩堂を立ち上がらせて歩き出してしまう。
「み、御剣ってば! 引っ張るなって」
当然、いきなりの行動に成歩堂が抗議するも、ちゃっかり繋いだ手は解かない。
「ああ、今日の働きは査定の材料にしよう。今後も、精進したまえ」
「歩くの速いって! 響也くん、これらかも頑張ろうね」
「成歩堂さん!」
バタン。
御剣の唐突さには慣れているのか途中で諦めた成歩堂が、忙しなく響也へ挨拶を投げ。
呆然とする響也を後目に、扉は愛しい成歩堂の姿を隠した。
「・・・負けてたまるか」
御剣への敵愾心をメラメラと燃やし、響也が立ち直ったのは数分が経ってから。
当分、新旧王子と検事局で騒がれる二人の戦いは続きそうだった。
お待たせした期間と出来が釣り合っていませんね。本当に申し訳ございません(汗)
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