海老で鯛を釣る。
そんな言葉があるが、成歩堂の心境は『1円で年末ジャンボの一等を当てた』だった。
即ち、有り得ないし正当な入手方法ではない。
友チョコだの、自分用だの、以前に比べて恋愛色が薄れ、販売元が売上を増やそうという狙いは浸透してきても。いい年をした、男にしか見えない成歩堂がバレンタイン用のチョコを買うのは非常に恥ずかしい。
他の品物にこっそり混ぜたけれど、やたら視線が気になって早足になりそうなのを必死で抑制した。ほんの少しの矜恃と、多大な羞恥心を代償に用意したのだから、喜んでもらえれば嬉しい。
―――だが。
「ホワイトディにはチョット早いけど、お返しだヨ」
と、連れて行かれた先が、秘密の小(巌徒邸比)部屋で。パスワードを教えられ。成歩堂の網膜と指紋を登録され。
「ナルホドちゃんの好みにあうか分からないケド、好きにしていいカラ」
そう告げられた場合。喜びとは違う感情が沸き上がる。
巌徒の行動は、あからさまな位だ。間違いなく、巌徒が『居なくなってから』の事を考えている。
前々から分不相応の贈り物を度々したりとその兆候はあったが、ここまで規模は大きくなかったから苦笑だけで済ましていたものの。
重厚な金庫もあれば、宝飾品も、絵画も、陶器もある。まるで小さな展示室。巌徒の性格からして。明言はしていなくても、成歩堂がどれを持ち出しても問題にならないよう、完璧に手を打っているのだろう。
・・・そんな事、望んでいないのに。
「確かに、この部屋にあるものは僕の生活を潤沢にしてくれるでしょうね」
自分でも、声音が硬質になっているのを聞き取る。冷静に、と思う時点でもう冷静ではない。
鑑定士でなくても、成歩堂の想像を遙かに超える価値がある事は分かる。一生、どころか。何度生まれ変わっても不自由しない筈。
「でも巌徒さんが居なくちゃ、意味はないんですよ・・?」
巌徒を見詰める成歩堂の双眸は、僅かに譴責を映している。
例え、莫大な遺産を遺されても。
巌徒が築いた権力で世の中を動かせても。
独りきりの淋しさを完全に埋められる訳はないのだ。
「僕の事を想うのなら、ホワイトディに手作りクッキーでも下さい。―――ずっと」
巌徒だけに作らせるのではなく、二人で作ってもいい。バレンタインディのチョコも、お手製にしたっていい。
最も重要なのは、二人で在る事。
巌徒は碧の瞳でじっと成歩堂を見ていた。巌徒が言う所の『綺麗事』をどう思ったのかは伺い知れない。けれど、ニッコリ笑ってパン!と黒手袋を打ち鳴らした巌徒に。『黒い』オーラは微塵も付き纏っていなかった。
「じゃ、キッチンスペースとアンチエイジングの研究所でも作ろうカ」
「やっぱりスケールが違う・・っ!」
分かってくれたのか、と少し期待した成歩堂は。前向きではあるが、どこまで行っても慎ましさとは懸け離れた思考にガックリ項垂れた。
それでも、先程より数段嬉しくて。
巌徒の抱き寄せる手へと、素直に収まった。
Te dare mivida entera.(あなたに私の人生を全部あげる)