ん……と吐息とも寝息ともつかぬ音を漏らし、右腿の上の温もりが身動いだ。
起きたのか、と視線をやったが、微睡みから醒めた訳ではないらしい。唇の合わせがほんの少しだけ開いたのを除けば、先程までと変わらず気持ちよさそうに眠っている。
ちょっとやそっとでは起きない熟睡振りに、昨夜は幾分無理をさせすぎたかと、今更ながら小指の爪先位ではあるが反省する。
新進気鋭の弁護士である成歩堂がここ数日、夜遅くまで仕事漬けだったのを、成歩堂の事なら成歩堂以上に把握している巌徒は承知していたけれど。
一度でも触れてしまえば、ついつい歯止めがきかずに可愛がり過ぎてしまう。
疲労と二桁を軽く越した絶頂に成歩堂が意識を飛ばさなければ、際限なく愛し続けていた事だろう。
全くもって、傾倒も甚だしい。
孫といっても通る年の、しかも男にここまで溺れるとは、巌徒自身ですら時折哄笑したくなる。
今も尚、無警戒な安眠を断ち切って、成歩堂に嗜虐の限りを尽くしたいと舌舐めずりする『ざわめき』は在る。巌徒が口にする所の『ワルイ血』は、きっと息絶えるその瞬間まで巌徒の体内を流れ続けるに違いない。
しかし消えたりはしないものの、覚醒する事もない。
ワルイ血を黒く煮え滾らせて『世界』を壊す遊戯より、愉しいモノを見付けたから。
成歩堂の蒼い耀きを帯びた清廉な血が、巌徒の凝りを鎮めるのだ。
うんと年下の、それこそ青臭い弁護士に飼い慣らされてしまったような状態だが………それが思いの他、悪くないのだから仕様がない。
「ナルホドちゃん……『幸せ』って、こういう事を言うんだろうネ?」
成歩堂に聞こえていないと知りつつ、囁く。
告白の一つや二つ、毀れようと届かなかろうと、構わない。
成歩堂の瞼が持ち上がって。
巌徒を魅了してやまない黒曜石が巌徒を映し出したら。
成歩堂こそが溺れそうな位、甘い睦言を降り注ぐつもりだった。