二人揃って休みの日は、陽が昇りきってからゆっくり起床し。サンルームで紅茶を飲みながら、ブランチまでの時間を安穏と過ごすのがパターンだった。
巌徒は、未だに一枚一枚アイロンをかけているのではないかと疑う位、しゃっきりした新聞を畳み。
「椎木」
部屋の隅に控えていた椎木を呼んだ。
「はい」
椎木がすぅっと流れるように傍らへ立つと、新聞を渡しながら短く指示する。
「OPERA実験に関する記事を集めてくれル?」
「かしこまりました」
詳細を尋ねる事も聞き返す事もなく、ただ諾を告げる姿勢は何度見ても感心する。成歩堂なら『オペラで何の実験をするんですか?』と的外れな事を口走っているだろう。
巌徒が椎木を使って調査するのは、ありふれた光景だったけれど。
「・・・・?」
お茶請けに供されたスコーンをもう一つ食べようか止めようか迷っていた成歩堂は、巌徒の方へ視線を巡らせた。
何となく。
気の所為かもしれないが。
声の抑揚が、違う気がしたのだ。
「ン? どうしたノ?」
視線を感じてか成歩堂の方を向いた巌徒は―――楽しそうだった。表情は特に変化していないが、碧瞳の煌めきが興に乗っている時のもので。
「何か、ありました?」
基本、椎木とのやり取りに口を挟まないようにしている成歩堂も、雰囲気から極秘事項ではないと判断し質問してみた。
読みは外れていなかったらしく、今度ははっきりと巌徒が笑った。
「ウン。とても衝撃的なニュースが載ってたんだ」
巌徒をして衝撃的と言わしめた記事とは、何なのか。俄然、好奇心を刺激されたものの。
「タイムマシンや、平行世界が現実のものになるかもしれなイ」
「はぁ・・・」
巌徒の口から出て来た、メルヘンチックというかSFチックな単語に成歩堂は瞠目した。巌徒ならタイムマシンなんか使わなくても、現在過去未来を思うがままに操れそうだし。どの世界でも、あっさり征服してしまえそうなのだから。
星好きなのはともかく、守備範囲が宇宙(SF)にまで及んでいるとはついぞ気が付かなかった。
驚きと訝しさを正直に浮かべる黒瞳に口唇をカーブさせ、巌徒は分かりやすく説明し始めた。
これまでは『光より速いものはない』という定義が真とされていた事。
しかし、ニュートリノなる物質を使った実験で、『光より速いもの』がある可能性が出てきた事。
もし、この実験が真だった場合、アインシュタインが唱えた説が次々と覆り。その結果、絵空事だと考えられてきたタイムトリップやパラレルワールドが現実味を帯びる事。
「えーと・・・とってもスゴい事みたいですね」
成歩堂だって、アインシュタインの相対性理論(の名称)位は知っている。それが、現代の物理学を支えている事も。
朧気ながら、巌徒の言うように衝撃的な出来事なのだと想像でき、後で自分も新聞を読んでみようとまで思った。新聞に掲載されているレベルなら、物理嫌いでも辛うじて解読できるかもしれない。
巌徒の高揚が、成歩堂にも少し移る。
だって―――。
「別の世界にも、巌徒さんや僕がいたりして・・」
元々、想像力は豊かな成歩堂。タイムマシンが完成したら、どんな時代に行きたいかとか。平行世界が重なる事ってあるのだろうか、なんて考え出した。
「そうだネ」
どんどん空想世界を広げる成歩堂を抱き寄せ、巌徒はそのトンガリに軽くキスする。
「どの世界のボクでも。ボクなら―――ナルホドちゃんに惹かれるのは、間違いないヨ」
『愛し方は異なるかもしれないけどネ』という最後の部分は、音にならず。複雑な、しかし愛しさに変わりはない彩りを湛えた碧瞳が、ほんのり頬を染めた成歩堂を映した。