注意! この話は、巌徒さんとちなみさんが親子という設定です。ご注意下さい。
巌徒は、己の事を熟知している。
故に結婚した事も、子孫を残したいと思った事もない。それなりに若かった頃は、血が黒くなるままサバト紛いの饗宴を催したものだが、その際も細心の注意を払って予防した。
にもかかわらず、約一年前、巌徒の子供だと名乗り出た者がいて。DNA鑑定で99.9%の親子関係が証明された。どこでミスをしたのかと思いきや。母親の名前を聞けば知り合いで、けれど一切そのようは交渉を持った事のない相手だった。
人体実験と遺伝子操作と禁忌破りが何よりも好きだった、マッドサイエンティスト。能力と実力は一流で、倫理観や思考は巌徒と似通っていた所があった為、一時期秘密裡でスポンサーになっていたのは事実。
どの時点でどうやって彼女が必要なモノを手に入れ。どんな思惑で『美柳ちなみ』という遺伝子結合の副産物を創ったのかは、永遠の謎。ただ彼女は、遺言で何かあった場合の選択肢として巌徒の名を明記していた。
思うがままに振る舞い過ぎたのか、巌徒から何かを得ようと考えたのか、それまで生活の拠点としていた米国から来日したちなみは、見掛けだけは聖女さながらの微笑みを浮かべて巌徒の前へと現れた。
ちなみと会った時。親子の情愛などは潔いまでに全く湧かず。そして、容姿も全く似通っていなかったにもかかわらず。ふんわりとした笑顔の下で蠢く闇が己と酷く通じている事を巌徒は感じ取ってしまい。
僅かながら、好奇心が刺激された。最近は巌徒へ挑んでくる愚者もめっきり減り、退屈する時間が増えていた所だ。ちなみの目論見が露見するまで、多少なりとも暇潰しにはなるだろうと迎え入れる事にした。
巌徒の読みは大筋で的中し―――けれど、予想外の展開となる。
ちなみが巌徒邸で暮らすようになってから、一年。二匹の猛獣が距離を取って相手の出方を窺うように付かず離れず、且つ表面上はいたって和やかな関係を保っている。
黒い血が見え隠れする辺りは巌徒の影響だと思うが、獲物に対するアグレッシブさと執念深さは記憶にあるマッドサイエンティストとそっくり。留学先の大学で、水面下ながら順調に下僕を増やしているとの報告もあった。
ずっとちなみに張り付けている監視役からはそれ以外の様々な企みや行動を鑑みると、目指しているものの全容はまだ見えなかったが、共通項は点在している。
だから大学の知り合いを家へ招いたとの速報が届いた時、おや、と首を捻った。取り巻きを侍らせあちらこちらで遊んでいても、巌徒が居る居ないに関わらず今まで邸宅まで連れてきた事はなかったのだ。
プライベートには明確な一線を引く。そんなスタンスも、巌徒と同じ。従って、『例外』が殊更に際立つ。
久々に、興味を覚えた。
―――あるいは、何某かの予感だったのだろうか。
「あら」
ちなみ達がどの部屋にいるのかを執事から聞き出した巌徒は、予告なしにそこへ訪れた。巌徒の姿を見咎めたちなみは、この上なく上品に驚きを表現してみせたが、ほんの一瞬だけ『綻び』が露呈した。
巌徒でなければ気付けなかったであろう、動揺。それはとても珍しいものであり、ますます好奇心が刺激される。
「お客さんだと聞いてネ。ご挨拶に伺ったんだ」
「ご多忙なのに、優しいお心遣い感謝いたしますわ。―――こちら、同期の成歩堂龍一さん。成歩堂さん、こちらが巌徒警察局長です」