巌徒の邸宅には、小人がいる。
荒唐無稽ではあるが、成歩堂は数ヶ月間、本気でそう思っていた。
初訪問の際に統括責任者だと紹介された、成歩堂のイメージする執事が具現化したような初老の男性から丁寧な挨拶を頂戴したものの。その後何度行っても、執事―――もとい、椎木さん以外の人と出会わなかったのだ。(運転手とSPを除く)
部屋数だけで、十数室。庭園の面積は、屋敷の五倍と聞いたから、いくら椎木が優秀でも一人では管理しきれない筈。食事を作ったり、掃除をしたり、庭の養生をしたり、綺麗で完璧で何不自由ない生活を巌徒が送るには、かなりの人数が必要不可欠。
それにもかかわらず、人の気配がない。
人影は全く見付からないけれど、たった今まで誰かが居た痕跡がある。
文化財登録への打診も受けた程の歴史ある洋館だから、七不思議位は存在するかも、と成歩堂は半ば無理矢理自分を納得させていた。
ホラーより、ファンタジーの方がマシ。
それとなく巌徒や椎木に聞いても、そこはかとなくはぐらかされ続け。ようやく種明かしされたのは、洋館で一緒に住もうと巌徒に誘われた頃。
当然既に、初対面からニコニコさながら好々爺の笑顔と砕けた物言いをしていた巌徒が、実は極度の人嫌い・人間不信である事も分かっていた。
だから『外』では分厚い仮面を被って有象無象の輩と接触している分、プライベートゾーンにあたる家では視界に入るのを辛うじて許されるのは椎木だけというルールに、さもありなんと頬を引き攣らせ。
屋敷で働いている人達は『姿を見せてはならない』との厳命に従って、まるで魔法のごとく存在をないものとして振る舞うよう、徹底的に訓練されたと聞かされてうーんと唸り。
少し、哀しくなり。
それから、ここで働く人達は椎木を始め、プロだなといたく感心した。
そして、現在。
「お早うございます、成歩堂さん」
「あ、白崎さん! お早うございます。今日も晴れましたね」
「ええ、陽気に誘われて次々と花が咲きましたよ。後で、お届けします」
「わー、楽しみにしてます」
庭を散歩すれば、庭師に出会い。
廊下では、メイドさんと立ち話をし。
シェフには、食事の感想を尋ねられる。
美麗で、何一つ狂いもなく整えられているが、どこか冷たく余所余所しかった洋館は。
外の日差しが屋敷の隅々まで差し込んだかのように、暖かく、活気に満ちあふれた『家』になっていた。
根気よく探し回った成歩堂によって見付け出された人達は、戸惑いながらも存在を露わにし始め。そんな変化を、椎木も―――巌徒も一切咎めなかった。巌徒の方から関わる事はまだ殆どないが、巌徒邸の不文律は撤廃されたと椎木は教えてくれ。
それが、成歩堂は嬉しくてたまらない。
だって、巌徒は言ったのだ。
『ココがボクとナルホドちゃんの家だよ』と。
二人きりで閉じ籠もり、外界から遮断された『匣』ではなく。
壮絶な記憶と過去を持つ巌徒が、心から家で寛げるようになるまでには、多くの時間が必要だろうが。少しでもその時間を短くする為に、成歩堂―――達、がいる。
「お早うございます、巌徒さん。いい天気ですよ」
「・・・お早う、ナルホドちゃん・・」
カーテンをしゃっと開け放った成歩堂は、幾分眠たそうな巌徒が伸ばした手の元へ歩いていき。
照れながらも、朝の挨拶を大人しくその頬へ受けた。