元を辿れば華族の持ち物だったというその洋館は、都心の一等地だというのに延べ面積が広く、やたらと部屋数も多い。
初めて巖徒の住居を訪れた時、成歩堂に浮かんだ感想は『掃除が大変そう』であり。
『こんな広い家に、一人で住んでいるのか』だった。
姿は見かけなかったものの、業者を入れているとの事で常に清潔に保たれている部屋はどれも大きく、ウォークインクロゼットすら成歩堂の部屋がすっぽり収まるサイズで。
しかし、仕事柄、家には寝に帰るだけだと巖徒は笑っていた。
『なら、もっと小さな家でいいんじゃないですか?』
そんな心配は不要の資産家だと薄々勘付いていても、維持費やら固定資産税やらを想像して思わず突っ込んでしまったら。
『ン? ボク、閉所恐怖症なんだよねェ。狭い所にいると、血がワルくなっちゃうんだ』
ひょい、と実年齢よりかなり若々しい肩を竦め、巌徒は冗談なのか本気なのか曖昧な返答をした。
戯けた物言いは、もはや巌徒の癖と言ってもいいのだが。
塵一つ落ちていない、そして生活感というものが異様な程欠落している部屋を見回している内、無性に遣る瀬ない思いに駆られて。
『……一人なのは、平気なんですか?』
そう、重ねて問うていた。
豪邸かもしれないが、無味乾燥で温もりのない家に一人きりで住んでいて、しかもその状態を巌徒は微塵も気にしていない事が何故か成歩堂には分かってしまったから。
巌徒は。
色のついたレンズ越しに、成歩堂をじぃっと眺めた。
世の中全てを違う次元で見透かしているような、不可思議で不遜で時折怖い位鋭利な光を放つ双眸で。
『ナルホドちゃん。一人だろうが、大勢だろうが、人数は問題じゃあナイんだよ?誰といても同じなら、煩わされない分ロンリーな方がイイ』
『・・・・・』
現れたのは、巌徒の抱く『闇』の、ほんの爪先だけ。なのに、身体の芯がたちまち凍る。
遣る瀬なさは無力感に変わり、成歩堂は巖徒から視線をぎこちなく反らして俯いた。
この人に対して、自分は一体何ができるのかと苦い想いを噛み締めながら。
パン!
『?』
大きな破裂音がして、反射的に仰向けば。
勢いよく両手を打ち鳴らした巌徒は――微笑んでいた。
ニコニコと、如何にも嬉しそうに。
『だから、ナルホドちゃんと一緒なら、寝袋一つの生活だって楽しいんじゃナイかな?』
先程、閉所恐怖症だと告げたその口で。
あっさり矛盾した台詞を言う。
けれどそれもまた、巌徒の『真実』なのだろう。
巌徒が、数多の矛盾と闇を持っていると。
一筋縄ではいかない性格だと、成歩堂は理解していて、それでも覚悟を固めたのではなかったのか。
この程度で凹んでいたら、とても先には進めない。
『何でそんなに、極端なんですか…?せめて、六畳一間にしましょうよ』
だから、成歩堂は哀しい気持ちを振り払って、笑いながら異議を申し立てた。
そして、巌徒と成歩堂は。
今も尚、その洋館に住んでいる。
住人が留守がちな所為で、相変わらず生活感は稀薄だが。
二人にとっては、何にも代え難い『 Home 』になった。