洋館に、櫻。
合うのか合わないのか、微妙な所だ。
椎木の説明によると、洋館を建てたイギリス人が親日家で大層桜を気に入っていたらしい。気持ちは分からないでもないが、規律と調和を重んじるイングリッシュガーデンの一画に、どちらかいえば頽廃的な枝垂れ桜を配するのは如何なものか。
まぁ、綺麗な事に変わりはないし。場所取りも喧噪もパスしてゆったり独占できるのだから、文句を言ったらバチがあたる。
そう。
薄っぺらなブルーシートの代わりに、本物の厚いラグ。寝転がっても余裕なカウチ。硝子テーブルの上には、明らかに参加人数分を遙かに超えた豪華なご馳走が並べられ。
ライトアップは、きっと指紋一つなく磨かれた銀の燭台に灯された蝋燭。文句はつけないが、違和感を覚える位は許してほしい。
「あの・・・毎年お花見はこんな感じなんですか?」
堪えきれず、隣で寛ぐ巌徒に尋ねる。どんなシーンでも不思議と絵になってしまうのは、巌徒の持つ無国籍で無秩序な雰囲気が作用する所為なのか。一風変わっている華宴に溶け込んでいるようで、決して交わる事のない巌徒は碧眼を眇めてみせた。
「初めてだヨ、花見をするのは。ナルホドちゃんが気に入らなかったら、幾らでも直すケド」
「いやいや、充分です!」
椎木を呼ぼうとする巌徒を、慌てて止める。
嫌な訳ではないし、勿体ないし。何より、自惚れるようで気恥ずかしいけれど。この花見は、成歩堂の為に設えられたもの。以前、桜の木を見付けた時に『春になったら花見ができますね』と深い意味もなく言った事を、巌徒は覚えていたらしい。
覚えていたから、この館で初めて華を愛でる席が整えられたのだ。
「ありがとうございます。とても、楽しいです」
あまり感情を―――巌徒の場合、本心を―――表さない双眸をじっと見詰め、礼を告げる。巌徒と違って成歩堂の気持ちは筒抜けらしいから、本当に喜んでいる事は伝わる筈。
「・・・ボクはネ」
巌徒は革手袋の嵌った手で、成歩堂のそれに触れた。
そっと。
ほんの微かに。
「人が介在したモノは、どれも同じにしか見えなかった。でも、ナルホドちゃんと見るこの桜は綺麗だって思うヨ。不思議ダネ?」
「巌徒さん・・・」
心躍る、巌徒の吐露。巌徒にとって、この世の殆どが虚無と同一。憎悪する程の執着もなく、琴線は凪いだまま。知り合った頃の巌徒はそんな風だったから、今、同じものを見て同じ想いを抱けるなんて、嬉しい驚き。
成歩堂は触られた手を静かに反転させた。手の平と手の平が、重なり合う。握り締めたりはせず、ただ添わせるだけ。
巌徒の『手』は巌徒の闇の象徴でもあるから、扱いは慎重に。
少しずつ、でいい。
ゆっくり、近付いていけばいい。
「今度は、椎木さん達も誘ってお花見しましょう。夏は花火とか。バーベキューは・・・流石に無理かな」
薔薇園の隣で立ち上る煙と肉の匂いを思い浮かべて、苦笑する。
「片っ端から、やってみようカ。きっと、楽しいんじゃナイ?」
巌徒もまた、もう片方の手で成歩堂の髪に舞い落ちた花弁を摘み上げながら笑った。その瞳は、穏やかで柔らかい。
「楽しみですね」
冷たさの拭われた笑みにほのぼのとした気分になって、成歩堂は巌徒と二人で花見を堪能した。
しかし。
成歩堂は、重大なミスを犯していた。
それは『世間一般レベルで』との但し書きを付け忘れた事。
その所為で、次に巌徒邸で行われたイベントは花見を遙かに超えたど派手なものになってしまったのである。