巌ナル

autumnal tints




 春の花見に始まって。夏は花火とバーベキュー。終わりに月見。自宅に居ながら、季節の行事を楽しむ。
 そして、朝晩の冷え込みが厳しくなってきた頃。成歩堂は、『秋』を見付けた。
「それにしても、綺麗だなぁ・・」
 椎木に勧められてやってきた場所は、日本庭園様式になっていて。いろは紅葉を中心に羽団扇楓や砂糖楓が一面に植えられ、紅葉の真っ最中。
 鮮やかな赤と黄色は地面に飽き足らず水路をもすっかり覆い尽くし、まるで空から色彩の滝が流れているようだった。歩を進める度カサリカサコソと生じる乾いた音が面白くて、ぐるぐるうろうろしていたら。
「今日は、成歩堂さん」
「・・・あ。こ、今日は!」
 落ち葉掻きに来た庭師の白崎と目が合い、決まり悪げにトンガリ頭を掻いた。




「イイ匂いがしてきましたね」
「もう少しで、出来上がりますよ」
 葉っぱを散らかしたお詫びに落ち葉掻きを手伝えば、お礼だと言って白崎は集めた葉でさつま芋を焼いてくれた。お詫び所かご褒美をもらっていいのかと迷ったものの、実は数日前、巌徒から機会を見付けて焼き芋を作るように言われていたらしい。
 相変わらずの読みだな、と苦笑し。ありがたく頂く事にしたのである。
「熱いので、気を付けて下さいね」
「ありがとうございます!」
 ほんの少し皮の焦げた匂いと。それを包むような甘い甘い香り。二つに折り割った途端立ち上る湯気もかなり熱くて。恐る恐る、慎重に口をつける。
「いやー、久しぶりに焼き芋を食べましたよ。嬉しいなぁ」
 ホクホクの歯触りとこくのある味に、成歩堂もホクホク顔になる。事務所で働いていた時、真宵は鋭い嗅覚と勘で焼き芋屋を見付けては成歩堂に強請ったものだ。大抵真宵の分を購入するのがやっとで、成歩堂の口には入らなかったあの頃。
 すっかりご無沙汰していた焼き芋は、今まで食べたどれよりも美味しい気がした。巌徒の事だから、最上級の素材を取り寄せたのだろう。
 秋のエリア―――この一角は秋の風情を楽しむ目的で造園されたと、白崎が教えてくれた―――で盛りの景色を眺め。出来立てを食べる。これで美味しくない訳がない。
 が―――。
 完璧、ではない。贅沢と言われようと、足らない要素がある。
「美味しそうだネ」
 コソリと葉が砕ける音もなく背後からかかった声に、成歩堂はゆっくり振り返った。そこには、欠けた最後のピースである巌徒が立っている。自然と、顔が綻んだ。
「お仕事、片付いたんですか?」
「うん、オワッタよ。イロイロとね」
「ははは・・・(汗)」
 家に仕事を持ち込まない巌徒故。休日を二人でまったり過ごしていた所に緊急と称してかかってきた電話の相手、もしくは原因がどうなるのか。どうなったのか。思わせ振りな言葉が怖くてツッコむ事もできず。
「巌徒さんもどうぞ」
 空笑いをしただけで済ませ、割った半分を差し出した。
「ありがと」
 巌徒はワイルドに皮ごと食べ、小さく頷いた。
「安納もみじで正解かナ。どう?ナルホドちゃん」
「すっごく味が濃厚で、美味しいです!」
 成歩堂の嗜好に合わせて用意した事を、明言はしないが隠しもせず。やっぱり、と思った成歩堂は嬉しそうに感想を述べた。
 葉を落とす風はひんやりしていたが。いつの間にか姿を消した白崎が焚き火を起こしていってくれた為、暖かく。これまたいつの間にか、椎木がセットしてくれたほうじ茶を味わいつつ。
 秋の柔らかい陽に照らされる紅葉を、巌徒と成歩堂はのんびり眺める。
 ハラハラ、ハラハラ、と静かに降り積もる紅。
 そんな風に、二人の想いも少しずつ積み重なっていった。