「ホワイトデーは、3倍返しがお約束ですから! 3・倍!ですよ?」
お返し目当てと取られかねない発言を、この上ない真剣さで放った成歩堂だが。
無論、『3倍じゃないと承知しないんだから!』という浅ましさが原因ではない。『どうか最大3倍以内でおさめて下さいっ!』との、殆ど懇願に近かった。
「ひどいネ、ナルホドちゃん」
上質な手袋を組み合わせ、その上に顎を乗せた巌徒は深く嘆息した。
たった呼吸一つで、こんなにも深遠で高尚で思わせ振りな空気が作れるのは、年の功というか巌徒ならではというか。
ともかく淡い色硝子のベールを通して投げ掛けられた物憂い視線に、成歩堂はうっと詰まってしまう。
どこか捨てられた子犬を想起させるこの眼差しは曲者で、曲者と分かっていても絆された事が過去何度あったか。
「たった1万5千円で、ナルホドちゃんへの愛を語れなんテ」
愛は形じゃありませんから、と幾ら成歩堂が声高に説いても、この包容力に財力と権力と諸々が備わっている恋人は、『形でも示したいんだヨ』と言って憚らない。
庶民の成歩堂は、巌徒から贈り物を貰う度、桁の違いに冷や汗をかいている。
「いやいや、ですから・・・巌徒さんが一緒にいてくれるだけで、充分なんですって」
恥ずかしい台詞なのは承知していたものの本心ではあるし、またぞろ貰う事も返す事もできないプレゼントをされるのは困る。
「ナルホドちゃん・・・」
―――巌徒が、今度は酷く感じ入った息をふう、と零した。健気さにやられたのもあるが、何より成歩堂が紅潮しながら一所懸命言い募る様は、巌徒にとってドストライクの萌えシチュ。
巌徒はまるきり体重を感じていないかのように、ひょいと成歩堂を己の膝へ乗せた。
「が、巌徒さんっ!?」
「そうだネ。愛しいナルホドちゃんの頼みだし、違う愛情表現にしてみようカナ?」
ニコニコ笑っているのに、成歩堂を一瞬で青ざめさせるオーラを醸し出してじわじわと精神的に包み。
物理的にも、成歩堂の身体を抱き込んだ腕の輪をだんだんと閉じていき。
お金に頼らないで、たっぷりじっくりと愛を語る事にした巌徒だった。
後日、巌徒にしては控え目な、それでも高価なホワイトデーのプレゼントが用意され。
トータル的にはいつもと変わらないのでは・・・と成歩堂が肩を落としたとか。