すっぽりと向かい合わせでその肢体を抱いた時は、巌徒は鼻の頭から口付ける事が多い。
始めは巌徒と見合っていても、距離が縮まるにつれ恥ずかしさに耐えかね、ぎゅっと目を瞑る成歩堂。予想しているのとは異なる箇所へ接吻を落とすと、驚いたようにぱっとオニキスを露わにし、その後照れて小さく笑う様が気に入っていたから。
今日も成歩堂は含羞んで、首を竦めたが。次に、思い掛けぬ行動に出た。
ひょいと背伸びすると。
チュッ。
何とも軽やかな smack を巌徒の鼻筋へ降らせたのだ。
「・・・ナルホドちゃん?」
巌徒といえど、碧の瞳を瞬かせずにはいられなかった。晩熟で、恥ずかしがり屋で、いつまでたっても慣れない恋人が、自らキスしてくるなんて悦楽に自我が呑み込まれた時か、巌徒が強請った時に限定されていたから。
成歩堂はやはりホンノリ赤くなっていたが。
「ごめんなさい。あんまり巌徒さんが可愛かったんで、つい」
とんでもない事を冗談とは思えない口調で告げると、再び巌徒の鼻梁へキスした。
『可愛い』。
疾うに還暦を過ぎた、今でも絶大な権力を握り恐れ憎まれている巌徒を掴まえて、可愛い、と己こそが可愛らしい恋人は言うのだ。
巌徒が成歩堂を愛玩しているのではなく、巌徒が成歩堂の愛玩対象なのだと。
「あっはっはっ! ナルホドちゃんは、ホントに面白いねぇ」
巌徒は堪えきれず、哄笑した。年の離れた、巌徒からすれば赤ん坊に等しい成歩堂に何度驚かされ、予想を覆された事だろう。成歩堂は巌徒の思惑を、軽々と超えていく。逆転弁護士の名に相応しく。
成歩堂といると、『飽きる』事がない。おそらくそれは、重要なエレメンツ。
「大好きだよ、ナルホドちゃん」
凝った黒い血が、深淵に沈むのを感じながら、巌徒は数え切れない位のキスを贈る事にした。