巌ナル

Treat and Treat




 修繕作業の他は、不変である事が一種のステイタスになっている洋館も、ここ数年は少々趣が変わってきた。
「・・・企画立案も椎木さんなんだろうか・・」
 重厚な門扉を一歩中へ入った途端、そこには慣れ親しんだ落ち着いて洗練された中庭とは別世界が広がっており。成歩堂は、思わず遠い目をしてしまった。
 開けた庭を照らすのは、無数のJack-o'-Lantern。黄色みがかった灯りはぼんやり滲み、異空間らしさを醸し出し。おどろおどろしくもどこか滑稽なオブジェが道標のように点々と置かれていて、それぞれメッセージカードと小さなお菓子付き。
「お帰りなさいませ、成歩堂さま」
「ただいまです。・・素敵な飾り付け、ありがとうございます」
 玄関へ行き着いたと同じタイミングで、滑らかに開かれる扉。教本に載っていそうなお辞儀で出迎えてくれた椎木へ、成歩堂は挨拶とお礼を告げた。
「楽しんでいただければ、何よりです。本日のお食事は広間に用意しておりますが、先にお風呂を使われますか?」
 椎木の服装が寸分の隙もないスーツだった事に安堵を覚えるなんて、滅多にない。しかし椎木の背後に控えているメイドさん達がバッチリハロウィンコスプレなのを見てしまっては無理もないだろう。
「あ、着替えたらすぐ降ります」
「左様ですか。ではそのように取り計らいます」
 屋敷の中も、黒とオレンジでファンタジックにデコレーションされているから、逆に普段通りの椎木が浮いているといえば浮いている。しかし姿勢良く椎木が去っていき、魔女っ子達から次々お菓子を渡された成歩堂は、切実に椎木のカムバックを望んだ。




 去年に引き続き。今年も、小規模ながら巌徒邸はハロウィン色に染まった。『小規模』な理由は、31日が週の中日だから。
 昨年はちょうど土曜日だったので、朝起きた時にはそれこそ魔法がかけられたように屋敷が様変わりしていて。夜遅くまでプチサプライズイベントが催されたものの、成歩堂も巌徒も仕事ではそうはいかない。
 しかも巌徒の帰宅は深夜近くになる予定で、幾ら『成歩堂』を楽しませる目的とはいえ、一人きりでは楽しめる限度がある。そんなこんなで、成歩堂の帰宅にあわせてのハロウィン開始となったらしい。
「いやいや、十分豪華ですから。本当に、楽しかったです」
 就寝前のハーブティを持ってきてくれた椎木が生真面目な表情で己の不徳と謝るものだから、成歩堂は慌てて否定し、改めて感謝を伝えた。皆の、成歩堂を喜ばせたいという気持ちだけでも充分で、不満などある訳がない。
「身に余るお言葉です。では、ごゆっくりお休み下さい」
 成歩堂の思いは通じたのか、椎木も顔を微かに綻ばせた。一層柔らかさを増した口調で退出の挨拶をし、ドアへと向かう。
「あ、あの・・」
 と、いつもなら『お休みなさい』と返して見送る成歩堂が。躊躇いがちに、椎木を呼び止めた。
「はい。何かご用事でしょうか?」
「・・うっ」
 くるりと振り返った椎木に見詰められ、何故か成歩堂はアワアワと慌てる。
「用事は特にないんですが・・・えーっと、もうイベントは全て終わりです、よね?」
 言葉を濁し。曖昧な物言いで。聞きたくないのに聞かずにはいられない雰囲気をだだ漏れにして。要領を得ない成歩堂の態度だったけれど、巌徒邸で長年統括執事を勤めている椎木にはお見通し。
「最後までお楽しみ下さい。では、失礼いたします」
「え? 椎木さん? どういう事ですか!?」
 アルカイックスマイルというか、執事スマイルというか。色々語っているようで、何一つ読み取れない笑みだけを残し。椎木は焦る成歩堂を残して去ってしまった。
 ―――忘れてしまい記憶の底。忘れられない、去年のハロウィンで最後に起こったイベント。
 白い箱と。
 白い服と。
 白くなった意識。
 今年もあの箱が用意されていたらどうしよう、とか。何とかスルーする方法はないか、とか。ずっとずっと気になって気になって仕方なかったのだ。回避すべく椎木に探りを入れてみようとしたが。
 かえって、モヤモヤが増すばかり。




 グルグルしつつも眠りに落ちた成歩堂の悩みが解消されたのは、夜更け過ぎに巌徒がベッドへ滑り込んできた時。
「明日も仕事なのに、無茶はしないヨ? ナルホドちゃんが悪戯してほしいなら、別だけど」
 ―――今年のハロウィンは、Treatオンリーで終了。