巌ナル

祈願と成就




 基本は伝統的なイギリス式建築でも、施主の趣味を反映してそこかしこに日本『的』な要素が散りばめられている。
 茶室を模したと思われる茶室しかり。日本庭園しかり。掛け軸がずらりと並ぶ回廊しかり。余程腕の良い建築家だったのか、デザインが優れていたのか、異なる文化は反発しあう事なく融合して新たな世界を創り出した。
 だが、成歩堂が『それ』を初めて見た時。『これは・・どうなんですかね?』と、たまたま一緒にいた白崎に尋ねずにはいられなかった。
 朱塗りの鳥居と。狐の石像。祠。皆こぢんまりしたサイズだが、歴とした稲荷神社が日本庭園の最奥、塀と並行して植えられた木々に埋もれるようにして鎮座坐している。いくら親日家といえど、改宗した訳ではなかろう。
 深く調べず、日本らしいオブジェとして建てたのかもしれないけれど、神道へ傾倒していなくても日本人としては少々複雑。聞かれた白崎も複雑そうな表情をして、念の為調査した所、一応作法通りの造りだったのでそのまま残しているのだとか。
 それは巌徒の指示なんだろうか、と小首を傾げた覚えがある。巌徒と神。その組み合わせはどうにもシックリこなかったから。




「初詣でも行ってみル?」
「・・・いいですけど、どこに?」
 元旦。昼近くに起きて、いかにも高級なお節を堪能した後。そう巌徒に誘われ、成歩堂は驚きを隠せなかった。もっともっと巌徒の事を知った今は、神仏に祈る姿を想像するのは難しい。思っている事がそのまま表情へ出ている成歩堂に、巌徒はクスリと笑う。
「散歩がてら、ウチのお稲荷さんにサ」
「ああ、あそこですか」
 人混みが嫌いな巌徒のチョイスは、他の人がいない場所だった。それなら、と半分は納得できたけれど。
「お稲荷さま・・好きなんですか?」
 2人並んで歩く途次、どうしても気になって尋ねてみる。稲荷神社が気に入らなければ、祟りや罰が下るなんて歯牙にもかけず取り壊していた筈だから、温存したという事はそれなりの思い入れがあるのかと推測したのだ。
 しかし、成歩堂の読みは今一歩甘かった。
「ン? どっちでもないヨ。正月っぽくてイイかな、と思っただけ」
 ナルホドちゃん、意外に迷信深いしねーと含み笑う巌徒。どうやら、お参りは巌徒ではなく成歩堂の為らしい。確かにパラノーマル的な出来事を扱う割合が多いせいか、神仏系には慎重を期する成歩堂である。時々お供えしているのも、きっちり巌徒の耳へ届いているに違いない。
「雰囲気が周りにあっていたから放っておいたけど、思わぬ所で役に立ったなア」
「あ、そういう事ですか・・」
 1つ、謎が解ける。巌徒の言う通り、背後の緑と。祠の焦げ茶色と。くすんだ朱は風景画を想起させる独特の趣があった。異空間へ誘う、秘された入り口のごとく。巌徒がその点のみに着目して祠を残したとすれば、ようやく腑に落ちる。
「でも」
 キュ、と繋いだ手に力が込められ、巌徒を振り仰ぐ。色付き眼鏡の奥の碧眼が、底知れぬ光を放った。
「お詣りはともかく。お願い事は当てにならない神なんかじゃなく、ボクにするとイイ。―――全て、叶えてあげるヨ」
 只人の身で、神をも凌ぐ発言をする。新年早々不敬極まりない態度だったが、成歩堂はそっと手を握り返した。
「・・・巌徒さんと、ずっと一緒にいたいです」
 仕事に関しては、願うのではなくひたすら邁進すべきもので。となれば、祈ってでも願ってでも何の力を借りてでも叶えたいのは、1つだけ。
「そう、ボクと同じだネ。なら、ボク達の仲を狐が妬かないように沢山お供えしておこうカ」
 いつの間にか用意していたらしい包みをぶらつかせ、巌徒は厳かに告げた。
 後半は、あくまでも冗談。
 前半の台詞だけが、虚無と虚構で構成されている巌徒の真実。
 だから成歩堂は、望みが叶う事を不思議な位信じられた。