学ナル

back entrance




 頭ん中に、ちまっとした小動物が住んでいそうだ。
 成歩堂の第一印象は、そんな感じだった。
 スーツを着ていて、弁護士と名乗り、少なくとも成人はしていそうなのに。
 多分、悪く言えば緊張感の足りない、よく言えば人に警戒心を抱かせない、ぽやっとした雰囲気の所為だろう。
 小動物ならこちらが少し強気に出れば、早々に引き上げるだろうと考え、探られたくない秘密を沢山抱えている学は殊更無愛想な態度で接したにもかかわらず。
 成歩堂は戸惑いつつも引かなくて。真剣な眼差しを学から逸らさなくて。その時、成歩堂のイメージが少し変わった。
 重ねられる質問に潜む鋭さも、見掛け程暢気ではない事を告げ。気を抜いたら暴かれる、と嫌な予感がじわじわ沸き上がってきた。
 これは不味いと防御を固めたが、時既に遅く。
 ほんの僅かな隙間から、スルリと忍び込み。ゆっくりと、でも確実に核心へ近付いていく。
 学だって、今まで己の研究を続けてこられたのは海千山千の強者共と互角に渡り合ってきたから。人の良さそうな弁護士に後れを取るなんて、どうして想像し得ただろうか。
 だが、結局は全てを暴かれてしまった。
 鮮やかに。
 恐ろしい程に。
 聞かれる前に重大な秘密を打ち明けたのは、もうその時点で成歩堂を認めていたからに違いない。事件を振り返ってみて、つくづく思う。おそらく、期待もしていた。
 成歩堂が、荒船水族館に漂っていた閉息感を一掃するのではないかと。
 他力本願もいい所だが、生命を扱う学は『流れ』とか『神のサイコロ』みたいな存在を実際に識っており。成歩堂には強くそれを感じたのだ。
 学の読みは当たり。荒船水族館は新しいスタートを切る事ができた。
 ただ一つ、誤算だったのは。
 暴かれた心を、そのまま持っていかれた事。




 きょとんと瞠目し。まじまじ見詰めてくる様は、記憶にあるものと同じだったけれど。
「えーと・・どちら様ですか?」
 『見覚えはあるんだけどはっきり思い出せない』と真正直に顔へ貼り付けて、成歩堂は質問してきた。
「相変わらず、失礼なにいちゃんだな」
 結構なショックを受け、しかし表には出さないまま苦笑いしてみせると、成歩堂の表情が変化する。
「ああ、学さんでしたか! すみません、すぐ分からなくて。えーと、マシンガンはどこに行っちゃったんですか・・?」
 ぱっと親しげな笑みを見せ。遅れて気まずそうに尖った頭を掻き。それから悪い想像でもしたのか、恐る恐る尋ねてくる。コロコロ移る豊かな感情は、やはり小動物に似ている。
 撫でてみてえな、と思いつつ。学は質問に答えた。
「マシンガンは巣立って、群に入ったんだ。ようやく頭が軽くなったぜ」
「あはは。おめでとうございます、と言うべきか。それとも淋しくなりましたね、の方が合っているんでしょうか」
 やっと厄介払いができた、と明言しているのに。成歩堂は柔らかく微笑んで、またしても鋭い所をツッコんでくる。
 フェイクが効かない事は少し悔しくて―――それ以上に面白い。
「さあてね。にいちゃんのご推察に任せるさ」
 マシンガンが引っ越したのを契機に髪を手入れし、アフロの大きさから天パ程度に落ち着かせ。トレードマークになりつつある白衣を脱いで、実験室から外界へ出てきた理由は、そこにある。
 成歩堂との縁を途切れさせたくなかった。関わりを続け、深く知り合いたかった。
 『人間』という生き物にこれ程興味を覚えるなんて、この道に進んでからは初めてだ。九分九厘、成歩堂に惹かれている。
 少し外見を弄ったただけで『あれ?』という顔をされた事から、学を水族館所属の獣医兼研究者、としてしか認識していないのが分かる。けれど、そんな浅い付き合いでは満足できない。この童顔でのほほんとしていて、アルマジロより堅い信念を持っている弁護士の身も心も手に入れたい。
「話は変わるが、この後、暇かい?」
「え?」
 唐突な転換に、また成歩堂が目をパチクリさせる。何の連絡もなしにふらりと事務所へ現れ。挙げ句、この質問。
 学の思惑が不明すぎて戸惑うのも当然だが、学は気にせず話を進めた。
「翔子とか育也の現状とか、色々話題はあるし。飲みに行こうぜ」
 事件が解決しても、成歩堂のようなタイプなら関わった者達をあっさり忘れる筈がないと踏んでの、誘い。案の定、成歩堂は心を動かされたようで、否定の言葉は出なかった。
「特に予定はありませんけど・・」
「なら、決まりだ。研究費が振り込まれた事だし、ぱぁっと騒ぐか」
「いやいやいや、それは不味いですよね?」
 距離を縮める切っ掛けは、何でもいい。利用できるものは、何でも使う。
 姑息と指摘されて怯むような年齢は、疾うに過ぎた。
 無駄打ちはせず、確実に仕留める。それが大人のやり方。