葵ナル

親友でも、譲れない:1




 友達100人なんて、欲しいと思った事はなかった。
 たった1人の親友がいれば、それで十分だった。




 失ってしまったと思っていた親友・葵の生存が判明した時。王泥喜は顎が外れそうな位、驚いた。
 正直、幽霊か幻覚か質の悪い悪戯とさえ思った。
 葵が発見された経緯を聞けば聞く程、非現実的で。ほんの小さな歯車一つが狂っていたら、この結果は生じなかっただろう。まさに、奇跡。
 乾いてしまった口を閉じ。じわじわ、少しずつ事態をフリーズしかけの脳が咀嚼していくと。腹の底から熱い喜びが込み上げてきて、常日頃鍛えまくっている声帯と腹筋の本領を発揮させて叫びたくなった。
 実際、叫びかけ。場所が場所だけに成歩堂からのツッコミが入った為、己の手で口を塞いで未遂にしたものの、代わりに滂沱と出てきた熱い涙は堪えきれず。成歩堂は飲み物でも買ってくると部屋を出て見て見ぬ振りをしてくれた。
 蛇足ながら。後日、その醜態を思い起こして羞恥でのたうち回った挙げ句、普段は王泥喜に超厳しい成歩堂のさり気ない気遣いにツノの先端まで赤く染まったとか。
 葵が社会復帰するまでには煩雑な手続きを踏まねばならず、また現実問題との直面は結構キツいものはあったが。王泥喜は出来るだけ寄り添い、協力し、力になってくれそうな人々へ頭を下げてまわった。
 謝罪と感謝を繰り返す葵へ、『逆の立場だったら同じ事をしただろ?』と笑い、肩を組み。無情な運命によって引き裂かれた友情は、辛い空白を経て強固なものとなった。
 ―――と、王泥喜は思っていた。




 だが、しかし。
 親友との絆は、速攻でピンチを迎えた。
「葵ィっっっ!? お前、何してるんだよッ!!」
 ぐったりソファへ横たわる成歩堂と、成歩堂の上に覆い被さっている葵。
 視界へ飛び込んできた驚愕の光景に、王泥喜は今度こそトレーニングを欠かさない声帯をフル活用して大音声でツッコんだ。
 顔といい首筋といい、成歩堂の肌は真っ赤に色付いており。黒目がちの双眸は、濡れ光っていて。いつも脇から腰のラインを禁欲的かつ蠱惑的に包むウエストコートのボタンは全て外され。シャツの裾もスラックスからだらしなく抜かれている。
 ニットさん仕様なら、兎も角。所長verの成歩堂はどこか迂闊に触れてはいけないと思わせる清冽な雰囲気を漂わせているのに。葵に組み敷かれた成歩堂からは、ニットさん仕様とは別の色香がダダ漏れ。
 純情ボーイは、一瞬にして茹で蛸と化した。