九ナル

もしも九太が逆裁5にいたら




 私立テミス法律学園。
 将来の法曹界において中心となるであろう人物を育成するべく、『裁判官・検事・弁護士』クラス編成など有効的で実践的なカリキュラムが組まれるこの学園には、最高裁判所裁判官や著名な弁護士や検察官の子息が通う。
 親の職種や地位が子供のステイタスになるのはありがちだが、ここでは少し趣が異なる。ただ偉いだけでは歯牙にも掛けられず、どの判例を作ったかとかどんな事件を弁護しただとか誰を有罪にしたとかが、最も注目されるのだ。
 しかし、七光り的な知名度ではなく、本人そのものが耳目を集める場合も多少はある。
 例えば―――生徒会長を務める、森澄しのぶ。
 模範的な優等生で男女先輩後輩を問わず、支持を得ていたが。最近、重大な事件の被告人になったり、無罪になったりと話題には事欠かなく。実は涙脆く、高速編み物が得意な恋する乙女だと判明した。
 また、爆発した芸術の感性を持つ、厚井知潮。厳つい養成ギプスを装着する程、己の鍛錬に熱心で熱血だったが。実は男子学生ではなく女学生だとカミングアウトした、仕草がキュートなお茶目さんで。
 そして仲良し三人組のラスト、静矢零。弓道部所属のクールでストイックで満点以外を取った事がない超エリートだと思われていたが。実は、親が点数を金で買っていた事も気付かない位の天然で。しかも何度も留年している超年上。
 ビフォー以上にアフターが多くの生徒達から受け入れられ、学園改革を押し進める中核となったけれど。
 実は、彼らよりもっと有名な生徒が存在する。
「やっと、一歩進んだぜ・・」
 今日、半年間の短期留学から帰国した三年生。180センチを優に越す、ひょろく見えるが脱いだらかなり鍛え上げている細マッチョで。少年から青年の域に入りつつある彼は、聳え立つ校舎を見上げつつ噛み締めるように呟いた。
 髪型や制服の着崩し方も流行を取り入れた今風のイケメンだったが、意志の強さがはっきりと現れた双眸は、事なかれ主義の若者とは一線を画していた。
 彼は大層な努力家で、向上心が篤く。入学以来、大抵静矢と首席の座を分けあってきた。『大抵』と但し書きが付くのは、各学年に一人だけ選出される特別奨学生の枠を毎年勝ち取り、一年の大半を海外で勉強しているのだ。
 更に三回目の留学中、学園初の快挙を成し遂げた。
「ちょっと遅かったのは悔やまれるけど・・ま、これからだ。待ってろよ―――龍一」
 今すぐ愛しい者の元へ駆け付けたいのは山々だけれど。
 留学にかかる費用(プラス、特待生なので諸学費も)を全て学園から出資してもらっている身としては、筋を通す必要がある。幾ら面倒でもやるべき事をやっておかなければ、結構義理堅くて優しいあの人を心配させてしまう。
 行動の基本原理が全て『成歩堂龍一』に帰結する、トノサマンのプリントTシャツを着た彼の名を、大滝九太という。




 九太が初めて成歩堂と会ったのは、七歳の時。こましゃくれた餓鬼だった九太は、全ての大人をバカだと思っており。最初は成歩堂も見下していた。
 けれど成歩堂は、幼くて生意気で我が儘な九太の事を見捨てず。根気よく付き合い。真摯に話を聞き。最後には、九太が憧れるトノサマンよりもヒーローっぽく事件を解決してくれた。
 その姿が、目に焼き付いて忘れられず。九太の中で成歩堂の存在はどんどん大きくなって、成歩堂の事ばかり考える日々が続き。同じクラスの園子ちゃんや史ちゃんや咲良ちゃんより、成歩堂が可愛く思えてきて。
 成歩堂に頭を撫でられた時―――。
 もっと触って欲しい。
 もっと成歩堂に近付きたい。
 もっと成歩堂と一緒にいたい。
 強い熱い想いが九太の全身を埋め尽くして、パン、と弾けた。
 そして心の中に残ったのは、『好き』という気持ち。
 まさしく、九太が初恋を自覚した瞬間だった。
 大人びていたといっても、所詮は稚く、かつ純粋な子供。成歩堂の年だとか、性別とか立場とか、普通ならストッパーになる事柄を皆すっ飛ばし。ただ、想いだけをどんどん育てていった。
 それから、十年。九太にも、成歩堂にも様々な事が起こった。しかし如何なる状況でも、やんわり当の成歩堂から止められても、九太は成歩堂の所へ行き。『好き』だと言い続け。成歩堂と幸せになる為に、何が必要かを考えて。
 本当は。九太の計画では、九太こそが成歩堂の苦境を救うヒーローになる筈だった。ところが、流石九太が惚れただけあって、成歩堂は自らの力で汚名を濯ぎ、弁護士へ返り咲いた。
 誇らしさと同じだけ、悔しさがあるけれど。反省した後は、これからの事へ全力を注ぎ込むのがベスト。
 十年間、通い続けた事務所の前で。九太は、深く息を吸って吐いた。手にした書類は、約束の履行書。いよいよ、長きに渡る想いが実る時が来た。
「龍一! 俺、弁護士になったぞ!!」
「き、九太くん?!」
 何年経っても、九太にとっては一番可愛い成歩堂がきょとんと瞳を見開いた。その目前に、証拠―――米国弁護士資格証明書―――を突き付ける。
「これで、約束通り龍一は俺の恋人だぜ!」
「えええ!?」




 初恋が叶わないなんてジンクスは。
 積もりに積もった愛の力で、打ち破ってみせる。