漆黒に白の線が入り。
金色と朱の混じり合った帯が刻々と広がり。
直視の憚れる耀きが生まれ。
夜は、明けた。
特に代わり映えのない晴れた一日の始まりであり、しかしながら、今日の朝日は特別な意味を持っていた。
「ヘッ・・初日の出を拝めるたァな」
敢えてカーテンを引かない部屋には、日の光が真っ直ぐに差し込む。目を開いた時、視界に映るのが押し潰すようにそそり立つ壁やそれ以上に圧迫感のある鉄格子ではないという事は、夕神にとって自由の象徴だ。
そして、新しい年など迎えられる筈はなかったのに。
夕神は生き存えた挙げ句、監獄からも釈放され。こうして、開放感溢れる部屋に住み。毎日毎日、自由気儘に過ごせる。
全て、傍らで寝ている成歩堂のお陰だ。
「人生万事塞翁が馬って奴かァ」
痕が残る程、無情を嘆いた日々は長かったが。成歩堂と共に刻を重ねる内、それすらも感慨深い思い出に昇華されていく。嫌味ではなく、心理操作でもなく、恨み言でもなく、過去の話として口に出せるようになった。
「オッサンにすら見えねェのにな」
よく年上の成歩堂をからかったものの、実際の印象は『幼い』に尽きる。人の心を動かす事にかけては百戦錬磨の夕神には、酷く与し易い相手だと感じた。ところが、何時しか成歩堂に心を持っていかれてしまった。成歩堂の芯は見掛けとは裏腹に堅固すぎて、攻略できなかったのである。
不思議な存在で―――もう、なくせない。
段々、朝焼けの光が強く鮮明になるように。想いは幾重にも折り重なっていく。
「・・・・・」
夕神の凝視は自然と、耀きを増し続ける太陽から成歩堂へ移った。差し込んだ陽で陰翳を濃くした顔を見ている内に、触れたくなり。伸ばした指が頬を撫で下ろせば、柔らかくしっとりした感触にもっともっと愛しい存在を確かめたくなる。
禁欲的な夕神だが、成歩堂相手には忍耐し切れた例がない。
一応朝になった事だし問題はないだろう、と都合良く解釈し。成歩堂へ覆い被さる形で夜着のボタンへ指をかけた時―――。
バサリ
空気が動き、カチリと硬質な音がへッドボードの方で生じた。調度、夕神の真後ろで起こった事象だったが、振り向かなくても正体は分かる。
「ギン、どうしたァ?」
ピーッ
問い掛けつつ振り向けば、予想通りヘッドボードへ器用に止まったギンが黒く丸い瞳で夕神を見詰めていた。鋭く弧を描く嘴を打ち鳴らし、最後に短く鳴いてみせる。ギンとの付き合いが長い夕神には、何となくギンが言いたい事は伝わってきた。
「今年も諦めねェのか」
クワッ!
呆れ半分感心半分で漏らす夕神。頭を高く擡げて力強く羽根を広げるギン。飼い主と愛鷹という関係の筈だが、最近、少々趣が変わりつつある。
「だが、今年もコイツは俺のモンだぜェ?」
ピュッ、ピ、ピィ!!
ギンは相棒でペット以上の存在でも。成歩堂に関しては、一歩も譲るつもりはない。
そう。どういう訳かギンは成歩堂を大層気に入り、求愛行動までする始末。しかも夕神をこの件のみライバル認定し、今だって夕神に先んじて成歩堂を起こそうとやってきたようだ。新年なんて概念が鷹にあるとは思えないから、不埒な空気を感じ取ったのか。それとも単に成歩堂と戯れたかったのか。
「・・う、うーん・・」
一人と一羽が至極真剣に対峙していると、騒ぎで覚醒したのか成歩堂が目を擦りながら身動いだ。
バサッ
「うわっ、ギン?! ・・お早う」
ピッ
すかさずギンが成歩堂の近くに舞い降り、成歩堂は驚いたものの一拍遅れてギンへ挨拶する。当然、夕神が剣呑な雰囲気を醸し出した。大した意味はないとはいえ、新年初めの挨拶をギンに取られて喜ぶ程、枯れてはいない。
「龍一、今年もよろしくなァ」
「ゆ、夕神さん・・っ」
ギンの方へ向いていた顔を引き戻し。さっと唇を舐め上げつつ言えば、一瞬で成歩堂の顔が真っ赤になる。
―――良い一年になりそうな予感が、した。