ハロウィンには、異世界への扉が開く。
ハロウィンの前後に流れる、そんな噂。成歩堂は、都市伝説の一つだと思っていた。柳の下に幽霊、と同じくそれらしい雰囲気が漂うからだと。
今年のハロウィンまでは。
「リューイチ!」
「うわっ!?」
所長室の扉を勢いよく開け放って飛び込んできた青年は、そのままスピードを殺さずソファにいた成歩堂へ抱き付いた。インドア弁護士の上、身構えてもいなかった成歩堂はあっけなく倒れ、侵入者の下敷きになる。
「重! っていうか、誰!?」
目を白黒させて見上げれば。横になっていても抜きんでた高さだと分かる、しかも筋肉質で厚みのある体躯を薄っぺらい派手なアロハシャツとハーフパンツに包んだ見知らぬ人が、ニコニコと如何にも嬉しそうに笑っていた。
「俺だよ、俺。会いに来ちゃった!」
人懐こい、黒曜石さながらの大きな瞳。ちょっと肉厚の唇と、そこから覗く真っ白で健康そうな歯列。髪の毛は短く刈り込まれ、斜めに被っている海賊帽はソファへダイブした衝撃でも落ちなかったようだ。
オレオレ詐欺の常套文句を言い。既知のような態度をとっているが、勿論知り合いではない。しかし成歩堂は騒ぎ立てず、青年をじっくり眺めた。
まず、海賊帽に見覚えがあったのと。青年の肌が、小麦色を通り越して青みがかった黒色で、しかも汗を掻いている様子はないのに、しっとり潤い。双眸もまた、綺麗なブルーブラック『だけ』で構成されていたのだ。
実は数日前、成歩堂は奇妙な夢を見て。その夢では、鷹のギンが人間の姿となって現れ、伴侶としての権利を主張しただけでなく実行し、子(卵)まで出来てしまった。(注:この話では、ギンは夢オチ)
とても鮮明で奇天烈な夢で耐性が生じたのか、青年の瞳がギンと同じで人間の瞳とは違う事とか。好意を全面に押し出して体当たりしてくる所とか。
「リューイチ、好き好き、大好きv」
ちゅっちゅっと顔中にキスを降らせる仕草が、オーバーラップする―――荒船水族館にいる、シャチのエールと。
「エール、だったりする?」
「!」
非現実的だと囁きかける声があっても、半ば確信を抱いて聞いてみると。
「そう、俺、エール! エール、リューイチと同じになった」
「あはは・・・これもハロウィンの所為なのかな・・」
一層嬉しそうに声を弾ませた青年ことエールは、堂々とした身体で成歩堂を包んでぴったり頬を擦り寄せた。つるつるというかピチャリというか、独特な肌触りは変わらないんだと少々現実逃避する成歩堂。
だが。
愛嬌たっぷりで。並外れた存在ながら、ご主人様大好きなワンコみたいに慕って、成歩堂の気を引こうと次々得意技を披露するエールを嫌いになれる訳もなく。それは、人間の形をとっていても同様で。
「エール、水に入ってなくても大丈夫?」
ふと気になった事を問う。シャチの部分があちこち残っているのなら、長時間プールから離れていると悪影響が出るかもしれないと心配になったのだ。
「うん。今夜は平気」
そんな小さな気遣いでもエールにはご褒美だったのか、またキス攻撃が始まる。
シャチにチュウされるのも、迫力がありすぎて慣れなかったけれど。エールだと分かっていても、立派な青年(に一応見える)からキスされまくるのは心臓に悪い。遮ろうと手を二人の間に入れたが、あっさり外される。
「エール? そろそろ離れようか」
加えて、エールのキスが唇へ集中し始め。時折、濡れたモノが滑り込んでくるに至って、成歩堂は上擦った声で制止した。
「えーヤダ」
「いやいや、そんな可愛らしく駄々を捏ねても・・」
イケメンの部類に入る容貌なのに、稚くプッと頬を膨らましたエールがあまりに可笑しくて、一瞬感じた危機感がどこかへ行ってしまった。
まるで、その警戒心が解けたタイミングを見計らったかのように、
「リューイチ・・エール、やっぱり水が欲しい。えーと、お風呂とかシャワーある?」
幾分元気をなくしたエールが、成歩堂へ凭れかかる。
「シャワーなら、あるから。エール、立てるかい?」
途端、成歩堂の意識はエールの体調だけに向けられ。それ以外の事は、綺麗さっぱり消える。―――迂闊にも。
まさしく、水を得た魚のごとく。
降り注ぐ水の中、濡れた衣服を物ともせずツルリと成歩堂を剥いたエールは。
どんなに成歩堂が好きなのかを、身体全体を使って証明してみせたのである。
「エールが、随分ご機嫌なんだが・・・にいちゃん、ご褒美でもやったのか?」
「・・・僕は何も知りません」
後日。
成歩堂は、デジャヴな会話を学としていた。